NOVEL(FFW)

□闘技場
1ページ/1ページ

「ですからこちらの闘技場の作りは安全です」

闘技場の支配人は作り笑いで査察に来た竜騎士に答えた。掛け金のシステムと施設の説明をしながら、彼を案内していた。

「そう言えば、地下はまだ見ていなかったな」

支配人は顔をひきつらせた。この竜騎士はどうしても侮れなかった。ただでさえこんな眉目秀麗な男は苦手だった。澄んだ瞳に見つめられると、心を見透かされたような恐怖を感じる。違法に捕獲した竜との戦闘を、見せ物にしていることを悟られないように話をそらした。

「左様ですね。カイン殿。それで宜しかったら、先に中で競技をご覧になりませんか。珍しいことに暗黒騎士の罪人もいますよ」

「暗黒騎士…?」

カインは顔を曇らせた。
支配人は地下の隠し部屋で竜を眠らせる薬が効いているか心配だった。最近は捕獲した竜に通常量の薬が効かないことが多かった。
闘技場てはトーナメントで最後の試合が行われる間近だった。

その頃クオレも闘技場に到着していた。 先に着いたファブールでは、エブラーナのアレク王子は既にそこを離れた後だと聞かされた。ファブールの門番からアレクの残した手紙を渡され、彼が闘技場に向かうと知り後を追ってきたのだった。乗り込んだ旅客馬車が凶暴化した魔物に襲われ、クオレも護衛団に協力しなければならず、予定より数日遅れていた。
トーナメント形式の闘技場では、腕に覚えのあるもの達だけでなく、罪人達も見世物として参加させられていた。アレクは志願してその参加者の中に入っていた。クオレが滑り込んだ闘技場では、アレクが闘っている最中だった。胴着を着たアレクは、以前会ったときよりも逞しい青年に成長していた。
対峙する相手も相当腕のたつ剣士のようだった。アレクは相手の武器を手刀で叩き落とすと、足払いして場外に落としてしまった。
一瞬のことだったので、クオレは魔法で加勢する隙もなかった。
観客も呆気にとられていたが、すぐに拍手と歓声が起こった。アレクは一礼すると場外へ飛び降りた。その後すぐに次の試合も始まった。
次の試合を待つアレクにクオレは観客を押し分けて会いに行った。

「すごい試合だったね。アレク!」

「クオレ、久しぶりだな」

彼はやはりファブールに行って強くなり、正解だったのだとクオレは嬉しくなった。

「リディア様から聞いたのだけど、アレクはバロンに行くつもりなのでしょう」

「この試合が終わって賞金をもらったらな。クオレは止めに来たんだろうけど、俺は行くつもりだ。バロンで目的を果たしたらエブラーナに帰ってゼロムスのことも協力するよ」

クオレは他にも尋ねたいことがあり口に出した。

「もしかしてバロンの王女に会いに行くの?」

冷静に話していたアレクは急に態度を変えた。父親譲りの涼しげな目許まで赤くなったので、クオレは自分の考えが当たっていると分かった。

「何でそれを…」

「アレクがバロンに行きたいなら私も協力する。無事に王女に会えたらお気持ち聞いてみよう。アレクはその王女が好きなんでしょう」

うろたえたアレクは首を振った。

「そ、そんなことない。ただ、頼まれただけだ。ダムシアンのヘンリーが、セリアと婚約解消するから、バロンに行って落ち込んでるあいつを励ましてやって欲しいって」

ダムシアンのヘンリー王子とエブラーナのアレク王子は親友だった。

「お二人は婚約解消したの!?早くバロンに行ってあげようよ。さっきみたいなかっこいいところ見せたら王女もアレクを好きになってくれるよ」

王女を公にアレクの婚約者として迎え入れれば、悪化した両国関係の改善にも望ましく思えた。ゼロムスのことで塞ぎがちだったクオレの心にも明るい希望が宿った。2人には幸せになって欲しかった。しかし申し込んで断られたらもとも子もないので、王女にはできるだけアレクの良い所を見せなければならなかった。

「この場に王女がいたら良かったのになあ。早く会いに行こうね」

「その前に次の試合はあいつとだから、クオレは魔法で支援したりするなよ。おれは正々堂々戦いたいからな」

「そ、そんなことしないから、頑張って」

クオレは強張った笑みでアレクを見送った。
話している間に壇上の試合が終わり、勝者の暗黒騎士が倒れた相手を後に去っていく所だった。どよめく中、騎士は剣をしまいながらクオレの側を通りすぎた。黒い騎士は罪人の暗黒騎士だった。騎士の悪魔のような外見にクオレは目を奪われた。呪われた冑の隙間からは、美しい紫の瞳が僅かにのぞいていた。

「あの鎧の中はどんなひとなんだろう…」

瞳の美しさからすると、中身は何か事情のある美麗な青年なのだろうか。
アレクに劣らず強そうだが、アレクが負けるはずはなかった。クオレが思いに耽るうちに、2人の試合は始まった。
2人は最初は互いに間合いを計って壇上をゆっくり歩いていた。
騎士は技をかけ始めたアレクを寸差で避けながら平然と剣を構えていた。
まるで遊ばれているようで心配になり、クオレは杖を握りしめた。
騎士は構えた剣を急に足許に置くと、アレクに手招きした。
その挑発にも心乱されずに、アレクは正確に相手の隙をついて攻撃した。
武器のない格闘なら、アレクの方が有利だった。
しかし意表をつかれたのはアレクの方だった。騎士はアレクの力を受け流して彼を場外に落としたのだった。
激しい攻防を期待していた観客や、アレクに賭けていた賭博師からはため息が漏れた。
クオレはアレクがこんな形で負けるのが信じがたかった。それと同時に黒い騎士に興味もわいた。出来ればこんな所で闘わずに、ゼロムスを倒す仲間になって欲しいとすら思えた。

「どうですか。カイン様。罪人の暗黒騎士なのですが、ご覧の通り、数日前から見世物にとして連れてこられ沢山の猛者が挑みましたが今のところ負けなしです。このまま勝ち続ければ恩赦もあり得ます。」

支配人は話しながら、騎士を秘密裏に竜と闘わせる
日が待ち遠しかった。罪人なら事故で死んだことにしても何の咎めもないのだ。
上段からその様子を見ていたカインは、ある考えが浮かんで支配人に話しかけた。

「この競技は今から途中参加も可能か?」

「そ、それはもう、カイン様が参加していただけるなら、いつでも大歓迎です」

支配人は競技が盛り上がるのは願ったりだった。

勝ち残れたことで束の間の安堵を得た騎士は、剣を拾うと壇上を降りようとした。

「待ちなさい。まだもう一試合だ!」

支配人は駆け降りてくると、騎士を引き留めた。

「皆さんお聞きください。良い知らせがあります。視察に来られたバロンの竜騎士団長カイン様にも今から参加していただくことになりました!」

支配人がそう叫ぶと観客は一斉に歓声を上げた。

「え!?カイン!?」

クオレは飛び降りてきたカインに目が釘付けになった。

カインと対峙した暗黒騎士は明らかに動揺していた。

「バロンの竜騎士団長カインだ。手合わせ願おう。」

カインの声と共に2人は剣を交えた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ