NOVEL(FFW)

□召喚士
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ミストでの競技中に、動揺したクオレはバロンの召喚士に敗れた。競技が終わった後リディア王妃とは貴賓室で話をした。

「リディア様、申し訳ありません。お伝えしないといけないことがあります」

クオレは跪いて小さくなった。

「あの最後の召喚の時のことですね…。私にも見えました」

リディアの緑の瞳が憂いに揺らいだ。クオレを破ったバロンの召喚士の才能は驚異的だった。短時間に全ての属性の幻獣を召喚し、従わせたのだ。恐らく師事する召喚士もなく独学のはずだった。対立する国の召喚士でなければ、その才能を伸ばし、召喚士の将来を担う者として育てていたことだろうと惜しまれた。

クオレはバロンの召喚士の冷たい視線を思い出した。彼女も恐らく気付いていた。
クオレがゼロムスがこの世界に戻る扉を開いてしまったことを。
召喚士として重大な過失だった。

「もしこのことが今のバロンに知れたら、どんな言い掛かりをつけて攻めてくるかわかりません。王妃様、私はあの者を何としても止めます」

クオレは杖を握りしめた。

「…落ち着きなさい。クオレ。あの者の目的は以前のように破壊とは限りません。あなたにも危害は加えなかった…。何が目的でこの世界に戻ったのか調べる必要はあります」

リディアはクオレの肩に手を置いた。
青い髪の少女はリディアを不安げに見上げた。リディアは安心させるように笑顔を見せた。

「遥かな昔、ミストの村ではある人間が幻獣と結ばれて、幻獣と人の子が生まれました。異世界の者は必ずもとの世界に戻る定めです。そうでなければ世界のバランスは崩れます。しかしその初めの召喚士は、自由にこの世界と幻獣界を行き来し、召喚技を完成させました。ミストの召喚士はその末裔と言われています。ゼロムスも、あなたが呼び出したとしたら、幻獣と関係があるのかもしれません。そして呼び出したあなたの望みに応じ、もとの世界に戻らなければならないはずです。ゼロムスの起源を調べましょう。きっと何かよい方法があるはずです」

リディアはクオレの髪を撫でた。

「王にもこの事を伝えて対策を講じます。あなたは、ファブールで修行している王子に知らせて連れ戻し、力になってもらうのです。」

「はい、…リディア様」

クオレは頷いた。

「そして私もファブールにあなたと共に向かいます、クオレ」

「それは…」

クオレにとってリディアが側にいてくれれば、この上無く強い味方になると思えた。しかしエブラーナの安全が危ぶまれた。

「リディア様、せっかくのお言葉ですが、召喚士が二名もエブラーナを留守にし続ければ、防衛面で危ぶまれます。リディア様はエブラーナにお戻りください。私は大丈夫です。必ずアレクサンドル王子を連れて戻ります。そしてゼロムスを倒す方法を見つけます」

リディアはクオレの言葉に驚いた。いつも一人では何も決められなかった少女が初めてリディアに対し国を思って進言したのだ。

「分かりました…。確かにあなたの言う通りです。でも一人で無理をしてはいけませんよ。そして必ず何かあったら連絡をするのですよ。それとこれを持っていきなさい。」

リディアは淡い黄金色のクリスタルをクオレに渡した。

「ミストに伝わる月のクリスタルです。満月の時に魔力を高めてくれるのですよ」

クオレはその渡された月のクリスタルをを手のひらに乗せた。そのクリスタルは優しい蜜のような光を放っていた。

「リディア様、このような大切なものを良いのですか?」

「これは必ずあなたを守ってくれます。このクリスタルが月のクリスタルと呼ばれるのは対になる太陽のクリスタルがあるからなのです。二つのクリスタルが合わされば究極の魔力を得られると言われています。でも太陽のクリスタルは行方が知れないのです。私は見つけることはできませんでしたが、いつかあなたか、他の誰かが見つけることができるかもしれません。その時きっとあなたの力になるはずです」

クオレは深くうなずいた。リディアは第一の弟子であり、娘でもあるクオレを見送る決意をした。この時の決意を後になってリディアは後悔することになる。

リディアは使い魔の鷹を呼び寄せると、腕に留まらせた。

「アレクにもあなたが向かうと手紙で知らせましょう。この子に手紙を託します」

リディアは鷹の見事な毛並みを撫でて呟いた。

「アレクは手紙を寄越したのです。近々バロンに行くつもりだと…。会いたい人がいると書いていました」

「会いたい人?」

バロンにはほとんど交流ある王族は残っていないはずだった。もし王族だとすると、竜騎士団長のカインや、セシル王の次女は残っているはずだった。クオレは王女には会ったことはないが、まだ両国の関係が良かったときに、アレクは外交で何度かバロンを訪れていた。セシル王の子供たちとアレクは交流を持っていたはずだった。
アレク王子は髪の色は母譲りの緑だったが、外見は父のエドワード王によく似ていた。そして見る角度によって色の変わる不思議な瞳をしていた。小さい頃は泣き虫でいつもクオレの後を付いてくる子だった。
あるときアレクは両親の反対を押しきってファブールに修行に旅立ってしまった。ファブールのヤン王は、娘が月に旅立って寂しかったこともあり、アレクを実の子のように大切にしてくれているそうだった。 浮わついた噂ひとつないアレクだったが、バロンの王女は2人とも両親に似てとても美しい姫だと評判だった。アレクが憧れている可能性は十分あった。しかし姫はダムシアンの王子と婚約しているはずだった。アレクはダムシアンの王子と堂々と決闘するつもりなのだろうか。外交上は問題かもしれないが、おせっかいな義姉としてクオレはアレクを応援したかった。

「バロンには王女がひとりいるとお聞きしたことがあります。その方でしょうか」

リディアはクオレの言葉に顔色を変えた。

「まさかそんな…あの子の筈は…」

クオレはリディアが常になく動揺していて不思議に思った。

「リディア様、王女がどうかされたのですか?」

リディアは口もとを押さえた。

「いえ…何でもありません。クオレ、もしそうなら…アレクをバロンにいかせてはいけません。その前に止めるのです。今のバロンはエブラーナの民にとって安全ではありません。王子がバロンにいると知れたら大きな問題です。どうか急いで連れ戻してください」

数日して、エブラーナに戻ったリディアの元に、クオレの放った青い鳥が手紙を運んできた。

「あの子はアレクに会えたようです。カインにも。それと…」

リディアは続きの文を読んで言葉を失った。
リディアは王の側でため息をついた。

「アレクは何を考えているのでしょうか…。私はあの子の気持ちが掴めません。こんなことならやはりファブールに行かせるのではなかった。もっと側にいれば良かった」

「君に似て真面目で優しい子だよ。あの子は。好きにさせてやるといい。きっと成長して戻って来てくれるさ」

「そうね…そしてできれば…クオレのような子と結ばれると良いのですが…」

リディアは手紙を王に渡した。
王は読み終わると表情を険しくした。

「エブラーナも備えなければならないな。リディア、力を貸してくれ」

リディアは王を見つめてしっかりと頷いた。

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