NOVEL(FFW)
□暗黒騎士
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『今朝からマリー様を見かけない』
実地試験で、移動中にセレストがセリアに話しかけた。
「そうだね。何かあったのかな。クリスタルのせいだったら心配だけど…」
昨日預けたローザ王妃のクリスタルを、マリーは解析しているはずだった。封印の魔法によっては解除が失敗するとダメージを与えられるものもあるからセリアは心配だった。
『マリー様はこの辺りは例の獣も出没するから心配されていたんだ。それなのに来られていないなんておかしい…』
「獣は少人数の子供しか襲わないらしいから、こんな大勢の戦闘員がいたら出てこないかもしれないけど用心しよう」
2人は周囲に警戒しながら前方の隊列を追っていた。
「昨日マリー様と話したのは例の獣のことなの?」
『そのことと、君のことだよ。試験が終わったら君に話すつもりだったけど、先に話しておいた方が良さそうだ。落ち着いて聞いてほしいんだけど…』
セレストはセリアに小声で話しかけた。
『マリー様はローザ様のクリスタルに記録されていた情報から、黒いクリスタルと君の関係を見つけたと言っていた。黒いクリスタルの中身は多分ゼロムスの血液成分だと言っていた。高等研究所のエネルギー部門ににそのことを伝えて、研究を止めさせるつもりだと言っていた』
セリアには黒いクリスタルに浮かぶ煙のような結晶を思い起こした。
「ゼロムスの?それと私が関係あるというの?」
『マリー様は多分君にゼロムスの力が遺伝しているのではないかと言っていた。』
「…父上か母上がゼロムスの血縁だというの?」
『いや…セシル様は以前暗黒騎士だったそうだから、その負の力が残っていて君に遺伝したのではないかと思う。暗黒騎士の負の力もゼロムスから派生した力だろうから』
「…」
セリアは目眩を振り払った。
『こんなことを聞いてショックだったんじゃないか?すまない。僕もできるだけ力になるから』
「いや、そんなこともあるかもしれないとは思っていたけど、…やはり父上と母上を見つけ出してはっきり聞いてみないと…」
父のセシル王は負の力に完全に打ち勝ったと聞いていたはずなのに、そうではなかったのだろうか。
『聖騎士になれたらカイン様のいる地域に行こう。あの方に助力をあおごう。』
「それがいいだろうね。カインは今どうしてるだろう…」
セリアはカインに早く会いたかった。何か知っていることがあるなら教えて欲しかった。
『僕も君と一緒にカイン様に会いに行くよ。僕もいた方が助けになれるだろうから』
「ありがとう。セレスト。でもどうしてそんなに助けてくれるの?」
『君は僕の大切な…』
セレストの黒い兜から、泉のような青い瞳がわずかにのぞいてセリアを見つめた。
『友達だからね』
表情は分からないが、セリアは彼は笑顔でいるような気がした。
「セレストはトロイアに戻りたいと言っていたのに、私のためにごめんなさい…」
セリアは、ペアを組むまではこの暗黒騎士の青年のことは出身も何も知らなかったと思い返した。
「そういえばトロイアは男子は生まれないはずじゃなかった?」
『僕は生まれたのはバロンなんだよ。子供の頃はトロイアの人に育ててもらったんだ』
「そうだったんだ…」
『バロンに来たら僕の家族がどんな人だったか分かると思ってたんだけど…』
セリアは見つかったのか聞こうとした。
『急がないと隊列に遅れる』
吊り橋のところまでたどり着いて2人は歩を止めた。
『練習通りにすれば大丈夫だよ』
セレストに背中を押されてセリアは一歩踏み出した。。後からセレストも着いてきた。セリアはずっと宙に浮いた心地だとた。
『あと半分だ』
半分まで進んだところでセリアは対面する橋の終点をみた。茂みの向こうで突然数人の叫び声が上がった。
「何だろう」
2人が見つめた先で、茂みの木々が大きく揺れた。
金属音が静寂の中で響いた。
茂みの中から人の背丈程もある狼に似た魔物が現れた。
魔物は鎧を身に付けていた。
黒い巨体に牙のある赤い口が際立っていた。
「あれは狼ではなさそうだね…」
『野生の狼は鎧なんて身に付けてないだろうしね…』
魔物が向かって来たので、2人は元来た方に走り出した。橋から降りた2人の間を抜けて魔物は弓を構えた聖騎士に飛び掛かった。聖騎士は衝突されて数メートル先の木に叩きつけられた。
残った訓練生たちは捕獲用の網を魔物に放った。網は魔物の上にかかると地面に食い込んだ。魔物は網の杭に逆らって暴れた。訓練生が射る弓は魔物に歯が立たなかった。杭が全て外れると魔物は倒れた聖騎士に飛び掛かった。
セレストは魔物の前に割って入った。
『橋の向こうに逃げて援軍を呼んでくれ!』
聖騎士をかばったセレストの肩に魔物は噛みついていた。
逃げた訓練生達と反対に、セリアは魔物の上に飛び乗った。
セリアの突き立てた剣は魔物の皮膚に弾かれた。
セリアを振り落とすために魔物はセレストを放した。セレストは剣を魔物に向けた。セレストは生命力を代償に暗黒の霧を魔物に放った。
「セレスト、しっかりして」
セリアはセレストの肩を支えて立ち上がった。
『すまない』
魔物が気絶している間に2人は橋を渡り始めた。
「剣も弓も効かないなんて何なのあいつは…」
魔物の速さと強固さに勝つ武器はあるのだろうかとセリアは思いを巡らせた。
『やはり魔法も大事だね…』
橋の中間地点に来たところで、目覚めた魔物が橋の上を2人を追いかけてきた。セリアは憎しみの目を向けてふりかえった。
「許せない…」
セリアは剣を魔物に向けた。
魔物はその様子に何故か怯んだ。
『セリア、落ち着いて、早く逃げるんだ…』
セレストはセリアの手を押さえた。
セリアが手を下ろすと魔物は再び走り出した。
『セリア、橋を切れ』
2人は橋の綱を掴むと魔物側の綱を剣で切り落とした。
支えを失った魔物は橋の下に落下していった。
2人は放物線状に落ちて崖の壁に叩きつけられた。
セレストの肩から流れる血は止まらなかった。セレストの生命力が消えていくのがセリアにも分かった。
「君だけでも逃げてカイン様のところへ行ってくれ。僕はもう一緒に行けそうもない…すまない」
「一緒に登ろう、諦めないで。2人とも助かる…」
壊れた冑から、金の髪が溢れて風に揺れていた。
セリアはセレストの素顔を初めて見た。
黒い鎧から想像もできなかった優しい顔が、笑った。
マリーはセレストにセリアが力を悪用するようなことがあれば殺すように言っていたが、やはり自分にはそんなことはできないなとセレストは思った。
「いつも暗黒騎士の僕にも優しくしてくれてありがとう…君にはまだ言っていないことが…あるんだ」
セレストは目を閉じてそれきり話さなくなった。青ざめたセレストは力が急に抜けて、網は完全に千切れた。2人の体は崖下に飲み込まれた。
地面に落ちてどれくらいたったか分からない頃にセリアは目を開けた。周囲を見ると、セレストの黒い鎧だけが散らばっていた。
セリアは拳を握りしめた。死んだ暗黒騎士は鎧に吸収されると聞いたことがあった。
意識の飛びかけたセリアの髪に蝶が留まった。書から出てきた蝶は白魔法をセリアにかけると消えた。蝶は以前書を読んだ魔導師の残した回復の魔法だった。
命をとりとめたセリアは遠退く意識の中で、金属の足音を聞いた。
次に気がついたときはセリアは黒い鎧を纏っていた。腕には魔封じの枷がかけられていた。役人の足下でセリアはうずくまっていた。
「王女殺しの罪でお前を流刑地送りにする。お前が橋を切って王女を崖下に落としたのを目撃した者がいる」
役人はセリアに言い渡した。
セリアは混乱した。
『待ってください…私は』
魔封じの枷のせいで声に力が入らなかった。
「顔は確認しなくていいでしょうか?」
役人が上官に尋ねた。
「この鎧はセレストのものだ。負の力を持っていなければ暗黒の鎧は纏えないから間違いない。下手に触ると危険だから放っておけ」
セリアは背筋の凍る思いだった。
そしてこのままセレストのふりをしてバロンを離れてカインを探すことに決めた。
誰かが鎧を自分に着せたなら、セレストがまだ生きている可能性もある。カインん見つけたら必ず戻って助け出すとセリアは誓った。
役人の子供がセリアの方を指差した。
「父さん、あれ…」
「あまり見るな」
護送車が罪人達をのせて動き出した。