NOVEL(FFW)

□蝶
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セリアはバロンの石造りの図書館にセレストと来ていた。騎士として必要な技や、試験で赴く地域の資料を確認していた。近くでは白魔導師見習い達が魔法の定義を小声で論じ合っていた。セレストは資料を集めに奥の陳列棚に入っていったきりだった。数百年前にミシディアとの友好の証に建てられた図書館は、広大で、建物にも魔法がかかっているそうだった。奥の方は迷路のようになっていて、迷う程の広さだった。一般には公開が禁じられている区域には、禁呪の定義の書物もあった。黒魔法の書物の区域に入ったセリアは書棚を見上げた。古代の文字の書物もあり、セリアは興味を注がれた。自分も黒魔法が使えたら良いのにと本を手に取った。
セリアは自分の力になる魔法が欲しかった。
サラの話を聞いて、両親の王と王妃を国から追い落とした革命には、それを画策した勢力があると考えていた。その張本人達を見つけ出して、償わせる。地に墜ちた父母達王族の名誉を回復させる。セリアはそのための力が欲しかった。そして黒いクリスタルの力と何らかの利権が関係している。自分を狙うものを捕まえていけば、いずれ目的の者達に行き着くはずだ。 その者達を滅ぼしたら、後は国王となる兄の帰りを待てばいい。
セリアが本を開こうとした時に、男の声がした。

「その本は開いてはいけない」

振り向くと背の高い、黒魔導師が立っていた。

「魔法がかかっている。危険だ。私が封じよう」

セリアは男に本を渡した。
「私はここで魔法がかかった本の処理をしている。黒魔法の書は用いた者の魔法が残っていることがあるから気を付けた方がいい」

男が本を開くと獣の鳴き声のような音が響いて、風が起きた。男が開いたページを手のひらでなぞると、風も音も止んだ。

「今のは黒魔法ですか…?」


「そうだ。随分物騒な本を見つけたものだな」

男は本を本棚に戻した。

「私はセオドールという。黒魔導師だ」

「私はセリアです。訓練兵です。教えていただいてありがとうございました」

セリアは親戚に同じ名前の人がいたのを思い出した。月にいると聞いていたので、こんな所にいるはずはないが、父母はその人の事を試練を乗り越えた立派な人物だと語っていた。

「ここは危険な本もあるから一般の立ち入りは禁じられている区域だ。お前は訓練兵だから入れたのだろうが今後は気を付けるといい」

セリアはセオドールに尋ねた。

「…黒魔法が使えるようになるにはどうしたら良いでしょうか?」

セオドールはセリアを見つめた。

「才能がある者なら、魔法の祖となる者の定義を理解すれば使えるようになる。しかしお前には難しいだろう。」

「そうでしょうか…」

「魔法を扱うものには、信念も必要だが、冷静に状況を判断し自己抑止力をもつことも必要だ。お前はまだその力が足りないように見える」

セオドールは一冊の本を手に取るとセリアに渡した。本には「悟りの書」と書かれていた。

「この本を読むと聖騎士の志の参考になる」

セオドールにそう言われてセリアは不思議に思った。

「…私は聖騎士を目指しているように見えますか?」

「お前はセシル王に良く似ている。私にはお前の心にセシル王と同じ光が宿っているのが感じられる。きっと聖騎士になれる。」

セオドールはセリアのことを知っているようだった。

「私はいつか父母達を陥れた者達に報復したい。そのために聖騎士の力が欲しいと思っています。」

セオドールは暫く黙ってセリアの言葉を聞いていた。

「お前の父母は無事に生きているかもしれないではないか。なぜ探さない?」

「無事に生きているでしょうか?私はその痕跡を全く見つけられません」

「表に出られない事情があるのかもしれない」

セリアはセオドールの言葉に希望が湧いた。

「お前を陥れた者達を追うのは、憎しみのゲームに引き込まれるのと同じことだ。それは際限なく続いてしまう」

「そうなのでしょうか…」

「お前達を苦しめた者に対する一番の報復はお前が幸せになることだ。お前を連れ戻したカインや父母達の願いでもある」

セリアは俯いていた顔を上げた。

「セシル王と王妃を知る者達は彼らが素晴らしい人間だと皆分かっている。お前が思うほど王族は地に落ちてはいない」

セリアはセオドールの言葉に励まされた。

「ありがとう…。この本も読んでみます。この本にも魔法はかかっているのですか?」

「どうかな。開いてみるといい」

セリアが本を開くと栞と思った小さな紙は、蝶に変わって飛び始めた。

「これは捕まえて本に戻した方がいいですか?」

「どちらでも構わない」

セリアは蝶を追いかけた。蝶が窓に留まったので、セリアは窓を開いた。蝶はそのまま外に離れていった。やはりさっきの魔導師は親戚のセオドールではないか。尋ねようとセリアが本があった場所に戻ったらセオドールは既にいなくなっていた。
席に戻るとセレストがセリアを待っていた。

「さっき黒魔導師から本を貸してもらった」

2人は書を読むことにした。

「その黒魔導師は聞いていた叔父とよく似ていたんだよ。もしかしたら叔父だったのかもしれない。また探してみようと思う」

『見つかるといいね。…似ていると言えば、この前の、暴動騒ぎの時に会った月の民』

「司祭の人のこと?」

『そうだよ。君によく似ていた。月の民の血を引く人達は皆なんとなく似ている』

セリアは司祭の青年を思い出した。他人から見たらそんなものかもしれないが、セリアは自分に似ているとは感じなかった。青年は怪我を治す不思議な力を持っていた。
帰る時間になって出口に向かった2人は、聖騎士団長マリーに呼び止められた。

「マリー様、どうされたのですか?こんなところまで来られるなんて」

マリーは青ざめた顔をしていた。

「セレストに聞きたいことがあるの」

セリアは2人を図書館に残して先に戻った。
暫く経って、セレストも宿舎に戻って来た。

『明日の試験は注意するようにと説明を受けたんだ』

セレストはそれきりその話をしなかった。
図書館にはマリー1人が残っていた。
マリーはローザの髪飾りとセレストから情報を聞き出して、決断を迫られていた。夫の研究を中止させなければならないと。明日の訓練も中止は仕方ないと思っていた時に図書館の明かりが消えた。マリーは胸の聖騎士団長の腕章を握りしめた。この印はいつも自分に勇気をくれた。今も、自分を捕えようと迫る者とここで戦い、勝つ力が欲しかった。マリーは立ち上がると剣を抜いて暗闇の中で相手の剣を受け止めた。

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