NOVEL(FFW)

□歌姫
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「リシア様、あちらの方で何かあったのかな」

少女は司祭に話しかけた。少女は教会の運営する孤児院で、祭の間教会で栽培したハーブの種子を売って司祭の青年と働いていた。
少女は先程大きな音と火の手が上がった方を指差した。

「怪我人がいたら、助けにいかないといけませんね」

司祭は少女に話しかけた。

「セシル様がいなくなられてから何人も無実の国民が処刑されたのに、おまえたち兵士は何をしているんだ!」

「セオドア様が戻られたら必ずこの国を元に戻してくれるはずだ!」

捕らえられた暴徒は口々に叫んでいた。
現状の不満を訴える声をセリアは複雑な気持ちで聞いていた。
現政府に都合の悪い人間は、革命の混乱に紛れて王族も含めかなりの人数が処刑されたのだ。恨みを持つ者も多かった。
セリアは暴徒の取り押さえを手伝った後、はぐれたセレストを探そうとして、荒らされた周囲を歩き出した。
すれ違った司祭が振り返って、セリアも振り返った。

「あの」

2人は同時に話しかけていた。
白いローブの司祭はセリアと同じ銀髪だった。
月の民?
セリアはバロンでもまれに月の民の末裔を見かけることがあった。
リシアは訓練兵にこんな美しい女がいるのに驚いて、束の間言葉を失った。

「あ…訓練兵の方ですか?さっき走って逃げる人達が、劇場に入っていったのでお伝えしようかと」

数人が陸兵の追求を逃れていたのだ。

「分かりました。調べてみます。あなたは危ないからなるべく離れて安全な所へ行かれてください」

司祭は頷いた。

『セリア、無事だったか?』

戻ってきたセレストは右手に怪我をしていた。リシアはその怪我を見て言った。

「良ければ治療しましょうか?」

セレストは首を振った。

『僕は白魔法と相性が悪いので、せっかくですが』

「私の治療は白魔法ではありませんから大丈夫です。」

司祭がセレストの右手を掌で包むと怪我は消えていた。

「不思議な能力ですね…」

セリアは魔法以外の癒しの能力は初めて目にした。

「白魔法も使えるのですが、こういったこともできるのです。どうか気をつけて行かれてください。」

セリアとセレストは司祭に礼を言うと劇場に向かった。
「不審者なんかは入ってきてません」

劇場には先に数人の陸兵が入っていた。受付で支配人が対応していた。
支配人は今夜の劇が中止になることの不利益を避けたがっていた。戸惑った支配人の後ろから鈴のような声がした。

「それでは歌劇が終わるまで皆さんに見ていてもらえば良いのはないですか?私は構いません」

歌姫のサラは自ら出てきて兵達と支配人に言った。

「サラがそういうのなら…」

サラは華やかな衣装に身を包み、緩くウェーブする黒髪には薔薇の形の髪飾りがきらめいていた。セリアとセレストをちらりと見ると微笑んだ。
支配人は渋々兵達を2階の特別観覧室に招き入れた。
サラは世界的に有名なソプラノ歌手だった。こんな機会でなければめったに歌声を側で聴けるものではなかった。祭に合わせてバロンで講演が開かれていてセリア達の部屋の席以外も満席だった。兵達が見渡した限りでは怪しい人影はなかった。
拍手が劇場に鳴り響いて、幕が開いた。

竪琴の音が響いて、サラが天に祈る歌を歌い始めた。月から来た女神が地上の人間に恋をするオペラだった。
高い声が遠いセリア達の席まではっきり届いた。
セレスト達も声に聞き入っていた。
セリアは竪琴の音色を聞きながら目を閉じた。
ここへ来た目的を忘れそうになるほど歌声は美しかった。
本当に目眩がしてセリアは額を押さえた。
そういえばどうしてここにきてたんだっけ…。

目を開けるとダムシアンの王子が木陰で竪琴を弾いていた。草原に風が吹いた。

「何か夢でも見ていたの?この竪琴は夢の竪琴だから」

ヘンリーは木に背中を預けていた。セリアは隣で居眠りをしていたようだった。

「そうかもしれない」
セリアは呟いた。

「目も覚めたみたいだし、何か好きな曲を弾いてあげようか?」

ヘンリーは色とりどりの衣装に身を包んでいた。

「トロイアの月の泉の曲がいいな。」

「そんなのがいいの?僕の愛の曲は聞きたくない?」

「…そうね、それも嬉しいけど」

セリアはため息が出そうだった。ヘンリーは暫く竪琴を弾いて止めた。

「ごめんね。怒ってるでしょう。僕があんなことして。」
「…私はもう気にしてない。」

ヘンリーは俯いた。
「ここでだったら誰も見ていないし泣いてもいいんだよ」

「…私はもうあなたのために泣いたりしない」

ヘンリーは苦笑した。

「僕のことを許してくれるかい?」

「私も悪かったから。もういいのよ。ただ…」

セリアの胸に温もりが宿った。
セリアは剣を鞘から抜いて後ろを振り返った。
隠れていた男の剣を受け止めた。

「もう私の前に現れないでよ…」

ちらりと見た床にはセレスト達が倒れていた。
歌の魔法で兵達は皆眠っていた。
額に剣の切っ先が近づいてきてセリアは冷や汗が流れた。

「セレスト!起きて」

ふらつきながら起き上がったセレストはセリアに切りかかる男の脚を押さえた。

「手伝おうか?」

声がして、切りかかる男は別の男に後ろから押さえられた。

「カイン様…?」
セレストは竜騎士の団長が助けに来たのだと思った。

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