NOVEL(FFW)
□王族
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「次は北東の領域に向かう」
カインはバロンから補給物資を運んできた小部隊と関所で合流していた。
「寒冷期に入る前に早く向かうとしよう」
カインは飛竜に武具を装備し直しながら、バロンでは見かけない旅団が通り過ぎるのが目に入った。
「あの装いはダムシアンの民のようだが、バロンで何かあったのか?」
バロンから来た運搬隊員にカインは尋ねた。
「セリア王女の婚儀が早まったそうで、きっと迎えの方々がお連れしていく所ですよ。カイン様は国内から離れていたからご存知なかったですよね」
重い金属が跳ね落ちる音が響いて部隊員が皆カインの鞍に注目した。
「すまない、補給を続けてくれ」
竜騎士団員達は、カインが大切にしている竜槍を誤って落としたことにただならぬ気配を感じていた。
「カイン様、どうかされましたか?」
カインは槍を拾うと鞍を装備し直した。
「いや、何でもない。心配するな。」
「…でしたら王女にご挨拶して行かれますか?あちらに行かれたらなかなかお会いすることも難しくなりますから」
「…先を急がないと日が暮れてしまう。挨拶はまたの機会にしよう」
カインは飛竜の鞍に飛び移った。
実際には誰も乗せていない輿は竜騎士団とすれ違うと見えなくなっていった。
同じ頃、バロンでは聖騎士団試験の再申請をした帰りのセリアが講義院の階段を降りていた。すれ違った訓令兵達が周囲に聞こえる声で呟いた。
「ダムシアンの王子からふられたらしいな」
「国の恥たな」
小さな笑い声に対し反論しようと振り返ったセリアは、訓練兵達が足を払われて一回転する光景を見た。
素早い身のこなしで訓練兵達を階段から振り落とした女はそのままセリアを壁に押し付けた。
「馬鹿にされて言い返さないのはクズと同じよ。あんたほんとにそれでも王族?」
幼馴染みのルベリアはセリアの胸ぐらを掴んだ。ルベリアの肩には彼女が召喚した火の宝石を持つカーバンクルが乗っていた。
「私が抗議する前に先にあなたがああしたのよ」
赤い髪の彼女はセリアが今最も会いたくなかった一人だった。
「そんなにとろいから王子からも振られるのよ。私だったらダムシアンに奪い返しに行くわよ。もっと王族らしく誇りをもちなさい。ほんとに親戚とは思えないわ」
ルベリアはバロンの四王族の一つの出身で、ローザと同じ一族だった。
「ローザ様はともかく、あんなどこの馬の骨とも分からない人が王になるべきじゃなかった。もっと高貴な方がなれば反乱も起きなかったのに」
セリアはルベリアが自分を掴んでいる腕を捻りあげた。
「私のことはともかく、父上のことをそのように言うのは聞き捨てならない」
睨み合う二人の背後から声がかかった。
『セリア』
振り返ると黒い鎧の青年が立っていた。
「セレスト…」
セレストは今度の試験でセリアと組む訓練兵で、暗黒騎士だった。
『遅いと思ったらこんな所で何をしているの?』
身体に負担の多い暗黒騎士は数年前に廃止されていたが復活していた。身寄りのない者が力を得るために暗黒騎士になる事例が増えていた。
「あんたも暗黒騎士と組むなんて、因果なものね」
ルベリアに押し離されたセリアをセレストは受けとめた。
『…君はどう思ってるか知らないけど、僕はセリアの父君を尊敬している。あの方は僕達にとっては誇りだ』
ルベリアは鋭く二人を睨み付けた。
「止せ、ルベリア」
階段から降りて来た青年にルベリアは敬礼した。青年はアダマンタイトの胸当てをしていた。
「アルマス様」
アルマスはセシルの前のバロン王の一族だった。
セリアもその威厳に思わず敬礼していた。アルマスはバロン一高貴な王族の家柄だった。
アルマスはルベリアに話しかけた。
「ルベリアは来月の召喚士の競技の準備は進んでいるのか?」
「私は準備万端です。エブラーナの召喚士は技術は高いですが、足りない部分がありますから私が負けはしません。」
セリアは競技上の敵国ながら、相手が悪いエブラーナの召喚士に同情した。
「聖騎士試験は何度もないのだから、王女もそちらの暗黒騎士も、暗黒に喰われないようにせいぜい努力するんだな。行くぞ、ルベリア」
アルマスはルベリアを連れて階下に降りていった。
王族の二人は聖騎士も含め騎士全ての称号を持っていた。以前定義さえ理解すれば召喚も簡単だと言っていたが、ルベリアはバロンの生まれではただ一人の召喚士でもあった。軍事力は高いが魔法や召喚がそれ程発展していないバロンでは極めて珍しい逸材だった。未だに聖騎士の称号も得ていない自分に比べたら相当の才能のようにセリアには思えた。王族の二人は機密兵団に所属し、既に何度か危険な任務もこなしているようだった。
『そろそろ祭の警備の交代時間だから、街の方に行かないと』
その日は年一度の収穫期の満月に行われる月の女神祭の日だった。訓練兵は警備の手伝いを任されていた。
「行こう。遅くなってごめん」
二人は街へ急いだ。
「セレストはなぜ暗黒騎士になったの?あなたなら暗黒騎士の公募を通さなくても聖騎士になれただろうに」
セリアは持ち場に向かいながらセレストに尋ねた。
『確かに暗黒騎士になれば聖なるものからは見放されてしまうけれど、僕は君の父君のように身寄りがなかったからすぐに力が欲しかった。それに…』
セレストは暫く言葉を止めた。
『心さえ暗闇に染まらなければ大丈夫。この力を浄化できたら更に強くなれる』
暗黒騎士は死ぬか聖なる力を得る以外には鎧を剥がせないと聞いている。セレストは自分以上に真剣に聖騎士になることを強く望んでいるだろうとセリアは思った。街は人で賑わっていた。月の躍りを舞う踊り子達の周りに人だかりができていた。
指定場所で先に任務に着いていた訓練兵が、居眠りから目覚めてあくびをした。
「遅かったじゃないか」
『すまないな。遅くなって』
二人が交代すると同時に、すぐ近くで爆発音が響いた。花火かと思って見上げた先には火の手が上がっていた。
「火が出たぞ!」
陸兵が訓練兵を見て叫んだ。
「暴動が起きたんだ!手の空いてるものは、怪我人の手当てと避難に協力してくれ!」
セリアとセレストはお互い頷いて走り出した。
「え、ちょっと!交代は!?」
残された訓練兵は虚しく叫んでいた。