NOVEL(FFW)

□呪縛
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(セリアへ。兄のウィリアムが体調が思わしくないです。できれば早くダムシアンに来てください。僕はもうずっと待っています。あなたを思うヘンリーより)

セリアはダムシアンからの手紙を読んで机に置いた。ヘンリーはダムシアンの第二王子で婚約者だった。聖騎士に認められるまで待って貰って三年になる。最後の試験まで待ってもらいたかったが情勢が変わった。セリアの姉王女は革命前からダムシアンの第一王子のウィリアムに嫁いでいた。ウィリアムは勇敢な騎士で、ダムシアンの領土を拡大し、かつていない繁栄をもたらしていた。そのウィリアム王子が、バロンの革命の沈静化に協力した際の怪我の回復が思わしくないのだ。弟のヘンリー王子は婚儀を急ぐように手紙を送ってきた。

「あちらには姉君様もいらっしゃるから楽しみですね」

セリアの銀髪を結わえながら髪結い師は話した。髪結いは革命前にローザに仕えていた侍女だった。数年ぶりに王女の髪を結っていた。夕刻にダムシアンからの迎えの使者が着く予定だった。
セリアは髪結いを降り返った。
大きな紫の瞳が宝石のようだった。
髪結いは一瞬その光に吸い込まれそうになって手を止めた。

「ありがとう」

セリアの言葉に髪結いは微笑んだ。
セリアの姉王女もローザ王妃に似て華やかな姫だったが、この姫も月の光のようだと思った。
ウィリアム王子は勇敢で誠実な方と聞くが、セリアが嫁ぐヘンリー王子は、楽士で放浪好きの、浮いた噂の絶えない方だと聞いていた。革命前から婚約していたと聞いたが、髪結いは一抹の不安も感じていた。それでも革命の残酷な記憶の残るバロンに残り、王女が危険な任務のある騎士になるよりはいいと髪結いは思った。
セシル王は名君で、バロンは平和に治められていたのに、なぜあんな革命が起きたのだろうかと髪結いは今でも信じられなかった。王女も処刑塔から連れ戻された時は別人のように憔悴していたが、今ではだいぶ回復して見えた。
セリアは聖騎士団所有の黒のクリスタルの行く末が気がかりだった。特に純度の高いものを剣に鍛え上げたものだったが、加工した工匠はその後病で亡くなったと聞いている。得体の知れない力を秘めた剣を、そのままにしてバロンを去るのは心残りだった。聖騎士になれたらその剣を団長から授かる約束だったが、果たせずじまいだった。
カインは残念に思うだろうか、とセリアは思った。
セリアはヘンリーとは幼馴染みでよく知っていた。革命の混乱後も婚約を忘れずにいてくれてありがたかった。
国に戻ったとき、まず行われたのは契約だった。
王族は、革命後、刑罰として契約の魔法に縛られていた。セリアは生命の保証と交換に契約を交わしていた。

『国家への反逆行為は慎むこと。王位継承権は放棄すること。国家に不利益な婚姻は行わないこと。』

契約の魔法の術者は宣言した。
契約の書が存在する限り他の王族共々バロンの奴隷同然だった。

「私は人に魔法のあだ名をつけることはできますが、名前を変えたとしても、人の本質は変わりません。死ぬまで契約には縛られますが、有無を言わせず処刑された方々よりは良いかと思われます。」

罪人を縛る役目の魔導師はフードを被っていて顔は分からなかった。

「契約に反すると災いが起こります。」

魔導師の言葉が忘れられなかった。
セリアは国から離れることができれば魔法の縛りは弱まるが、残った誇り高かった他の王族がどんな思いでいるか計り知れなかった。約束の刻限にダムシアンからの使者が手紙を持参して到着した。
見送りもわずかで、一国の王女の扱いとしては冷遇された扱いに髪結いは寂しく思った。
手紙を代わりに受け取った髪結いは許可をもらい開いて読んだ。

『親愛なるセリアへ
兄のウィリアムが急死しました。私はあなたの姉君と、亡くなった兄の代わりに婚姻することにしました。彼女には兄との間にジョージ王子がいます。私は彼らを守らなければなりません。君は強い人だから、分かってくれると信じています。ヘンリー』

髪結いは手紙を読み終わると手が微かに震えた。

「私にも読ませてください」

セリアは手紙を読むためにベールを白い指でそっと引き上げた。

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