NOVEL(FFW)

□クリスタル
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星が青い空に音もなく浮かんでいた。

「僕は月へ行くんだ。セリアははどこへ行きたい?」

「私は宇宙の彼方まで魔導船で行ってみたい」

兄のセオドアと最後に話したのは星の見える城のバルコニーだった。バロンの王女セリアはそう思い出した。辺境の塔に幽閉されて二度目の春が来たようだった。セリアが国の革命で捕らえられ、幽閉されたときは15歳だった。もうじき日が明ける。石造りのまどからかろうじて朝の白い明かりが漏れていた。何か羽ばたく音が聞こえて窓の外を見たが、荒野が広がるばかりだった。鍵のかかった扉が開く音がした。警備の者かと思ったが反応がない。セリアが扉を開けると薄暗い塔はもぬけのからだった。回廊に暗闇が続いていた。その時前方から近付く足音を聞いた。セリアはドアの影から覗いた。白のマントをまとった男が歩いていた。歩調から軍人のようだった。

「あの」

男は止まった。

「あ、あの…」

幽閉中、うまく口が動かなくなっていた。

「私はこの塔に入れられていたものです。あなたは」

外の世界にはこんな美しい人がいるのかとセリアは驚いた。目の前の人間が特別な存在に感じられた。

「カイン。竜騎士だ」

男は低い声で言った。

「君はセリアか?」

男が唐突に名を読んだ。

「はい」

カインは暫くセリアを悲しげに見つめた。急にセリアは自分が恥ずかしくなった。長い幽閉で王女とは思えないほどやつれていたのだ。カインは何の前置きもなく聞いた。

「君を探しに来た。一緒に来れるか」

セリアは希望に胸を膨らませた。

「は、はい」

歩き始めたカインをセリアは追った。塔の中のに誰もいないのはカインが何かしたからか。セリアは考えた。案内される方角は塔に登っていく方角のようでセリアは不思議に感じた。なぜ下の出入口ではなく上へ?

「何故上に行くんですか?」

「屋上にでる。そちらの方が早い」

セリアは出入り口なら当然下の階のはずではないかと不思議に思った。セリア、セリア。そうだ忘れていた。私の名前は…。

「セリア」

カインが再び少女の名を呼んだ。

「はい」

カインの瞳を正面から見てセリアは吸い込まれるような気がした。セリアの目の前で星々が見えた気がした。目を閉じると元に戻った。今のは何だろう。

「やはり君は…」

何か言いかけたカインがセリアを抱え上げた。

「え」

カインは窓を開いた。最上階近くの窓からは強い風が吹いていた。

「最上階ではないが、時間がない。ここから行く」

窓の外には青空が開けていた。

「…大丈夫か」

「え…?」

カインは助走をつけて窓から飛び降りた。自分の声ではないような悲鳴をセリアはあげていた。着地したカインは辺りの気配を伺った。

「…悪いがまだ降りるぞ」

「えっ」

セリアが叫んだ。

「…他に逃げ道はない」

崖下には霧に覆われた森が広がっている。

「他に道はないですよね…?」

セリアは悲しくなってきた。

「その前にやはり相手せねばな」

カインはセリアを背後に隠した。。黒い影が頭上を遮った。

「竜騎士カイン様…」

黒い飛竜に乗った青年が飛竜から飛び降りた。
「なぜあなたはその子を守るのです?」

騎士は叫んだ。

「竜騎士か…」

カインが言って剣を抜いた。

「なぜその子をかばうのです」

青年は背にした剣を引き抜いた。

「黒のクリスタルを持ち出したのはあなたですね。あなたは聖なる竜騎士のはずだ。なぜ裏切るような真似をするのです。その子に黒のクリスタルは渡さない。」

セリアは二人の鬼気に気圧された。

「側を離れるな」

カインは背後のセリアに言った。相手の能力が分かれば、とカインは若者を見た。若者は黄金に輝く剣を正面に構えた。黄輝石たった。青年は間合いを詰めた。何度か二人の剣が打ち合わさった後カインがセリアに言った。

「あの丘を上れ」

カインの周りの空間に歪められ。カインは何度かよろめいた後完全に消失した。セリアは走り出した。

「どこへ行く」

青年の乗ってきた竜がセリアを捕まえた。

「何故こんなことをするのです?」

セリアは声を震わせた。

「あなたは黒のクリスタルに選ばれたのです。しかし今ならまだ間に合う…あなたを殺せばここで止められる」

カインがいた場所に、青年が目をやった。カインが持ち出した黒い剣が布に包まれて落ちていた。

(お前もこの剣が欲しいのだろう)

セリアにも地の底から響くような声がはっきりと聞こえた。

「だまれ」

青年が弱々しく答えた。

(お前の能力は作り出されたものだ。長くはもたない。もうじき耐えきれずに死ぬはずだ。この力を得たいのだろう)

声は面白そうにささやいた。

「黙れ。ゼロムス」

青年はふらふらと黒い剣にに近づいて手に取った。

(お前も民に裏切られ、恨んでいるのだろう)

声がセリアに話しかけた。

(なぜ自分だけが憎まれるのか苦しんでいるのだろう。私の所においで)

「聞くな」

カインの声が響いた。

「カイン」

セリアが名を呼んだ。風の渦から消えたカインが現れた。

「完全に消滅したはずなのに…」

青年が 正気に戻った瞬間黒い剣はカインの剣に弾きおとされていた。

「セリア、その剣をとれ」カインが言った

「いけない」

青年が叫んだが、セリアが剣をとると剣の声はやんだ。

「なぜだ。やはりあなたは違うのか。私はもうもたないというのに…」

青年は倒れた。

「しっかりして」

セリアは駆け寄った。

「わたしはもう命がつきています。それに私はあなたを殺そうとしたのですよ」

セリアはどうして良いかわからず青年の手をとった

「カイン様…」

青年が名を呼んだ。


「あなたが聖騎士団の許可を取って黒の剣をもち出したのは知っていました。しかし私はそれを使わせるのは反対です。彼女はそのクリスタルの力を解放してしまう」


「…心配するな」

カインはセリアの持つ剣を受け取った。

「俺がついている」

青年はカインを見つめた。「あなたは昔と変わらず…いや昔以上に強く、お若い。なぜなのです?」

カインは微笑んだ。

「気を付けて…あなたの力も狙われています。できれば…私と同じ、滅びかけている仲間達を救って欲しい…その力で」


「分かった」

カインは青年の瞼を閉じさせた。

「お前の仲間たちも救ってみせる。この力で」

青年が光に包まれた。

「…そうか。あなたは…」

青年を飲み込みかけた闇は消えて、彼を包んだ光の破片が散った。

「怪我はないか?」

暖かな腕に優しくセリアは包まれた。

「もう大丈夫だ。小さい頃以来だが、俺を覚えているか?」

昔、今と同じようにカインに会ったことがある気がする…。セリアは思い出せなかった。
「竜騎士の竜というのはどういうものを意味するか分かるか」

青年の竜はなぜかセリアになついたので、カインはセリアを背負わせて、バロンへの道を歩み始めた。

「この竜たちのようなものではないのですか?」

セリアは答えた。

「彼らは実体化したものだ。しかし竜騎士は実体化した竜がいなくても高く飛ぶこともできる」

カインは空を仰いだ。

「風の中にも竜はいる。」白い雲が風にたなびいていた。

「それは自然の作ったものだ。水の流れの中にも、雷の中にも、大地の鳴動の中にも竜がいる」

滝の流れる渓谷を通り抜けながらカインは話し続けた。気がつくと渓谷には虹が浮かんでいた。

「何かあったときもときもそれを思って竜を探せ。竜はお前の力になる。どこにいても」

なぜカインがそんな話をするかセリアには分からなかった。

「君の身柄はバロンの聖騎士団に任せてある」

カインはセリアにバロンの状況を話した。二年前起きたバロンの革命は鎮静化されたが、国は民主化され王一家は離ればなれになっていた。兄セオドアは3年前、月の民の叡知を学ぶため月に魔導船で旅だったままだった。セシル王とローザ王妃は行方不明だった。

「君の姉は革命前にダムシアンの王子と婚約していたから、そのままダムシアンにいる。」

「…弟は?」

「君の弟はミシディアに匿われている」

セリアは安堵した。
「革命後、バロンの軍事研究施設は、人間兵器を開発した。それがさっきのような者達だ。彼らは様々なクリスタルの能力をある科学者によって人為的に身に付けさせられている。」

カインは竜の背に乗るセリアを仰ぎ見た。

「それとは別に、生まれつきクリスタルの能力を引き出せる者達もいる。君や俺のようなバロンの王族の血を引く人間のように。」

セシル王がバロンに学問の発展のために設立した総合研究施設は様々な分野の教育と研究の機関だった。

「ルゲイエの人を強化させる研究を引き継いだその科学者は、バロンの生き残った王族達を研究して、人為的に様々な能力を他の人間に持たせることに成功した。」

カインは手のひらをセリアに開いて見せた。
青い金の模様のある石が乗っていた。

「飛竜の谷で採掘される青いクリスタルだ」

青いクリスタルはカインの手の中で静かに崩れた。

「さっきの攻撃から守ってくれた代わりに割れた」

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