NOVEL(FFW)
□オオカミ
1ページ/1ページ
同じ日の夜、バロンから罪人を流刑地に運ぶ馬車が一台出発した。少年は馬車の御者の父に付いて乗っていた。少年は父に尋ねた
「父さん、あれ…」
「あまり見るな」
奥には手枷をはめられた黒づくめの騎士が横たわっていた。その黒衣の騎士に他の罪人も近寄りがたい雰囲気だった。暗黒騎士だった。罪人は質素な服を着せられるが、暗黒騎士は負の力が宿った鎧と一体化しておりはがすことはできない。何か罪を犯して流刑となったようだった。
「僕初めて見た…」
少年は騎士に興味をもった。檻の柵越しに見る騎士は出発したときから死んだように動かなかった。
「寒くなってきたね…」
冬を迎えたバロンから更に北上する道を進んでいたのだった。途中馬の死体に群がる野犬の群れを横切った。今年の冬はどれだけの犠牲者が出るだろうか。御者は眉を潜めた。ここ数年多くの国で不作や飢饉が続いていた。犯罪者も増加していた。運ばれる罪人達も貧しさから罪を犯したもの達が多かった。流刑地では過酷な労働か見世物が待っていた。やがて前に松明の明かりと長い行列が見えた。
「父さん、あの行列は何?」
棺の四隅を四人の者が抱えて、移動していた。後ろからは黒魔導士のフードを被った青年が長い行列を率いていた。
「あれは前国王陛下のご遺体だよ。最近ミシディアの黒魔導士が魔法で探索して埋められた場所を発見したんだ。そのミシディアの魔導士達がバロンへ運んでいるんだよ」
「ふーん」
暗黒騎士は初めて起き上がって窓からすれ違う行列を見つめた。黒魔導士の青年が一瞬その馬車を見てまた前を歩き始めた。
「あんた大丈夫か…」
鎖に繋がれた罪人が騎士に尋ねた。騎士は倒れたまま話さなかった。騎士は力を封じる魔法のかかった枷をはめられていた。
「とうとう騎士まで罪人になるんだから世も末だな…」
「あんたは何をしたんだ」
「俺は竜の密輸だよ。竜は薬になるから売れるんだが殺してるとき竜騎士につかまったんだ」
「暴走した竜達も保護されるんだから、竜の方がよっぽどましだな」
世界の竜はなぜかここ2、3年凶暴化し、人を襲うことが多くなっていた。竜同士の戦いも各地で頻発していた。竜騎士達は人間の安全の確保と希少価値の竜の保護をおこなっていた。
「竜騎士の団長も遠征に出て行ったままだし、国王もあんなことになって、この国はどうなるんだ」
騎士は話を黙って聞いていた。積雪がめだってきた外はすこし明るかった。
「オーロラだ!」
少年は見上げた空に揺れる光を見た。少年の父は息子の明るさに救われる気分だった。白い白鳥が一羽夜空にはためいた。
「渡り鳥だ!」
白鳥は近くの湖に羽を休めると走り去る馬車を見つめていた。
馬車が突然止まった。囚人達はのきなみ倒れた。御者は武器をとって中の見張り達を呼んだ。
「狼だ!」
矢と火で威嚇したが狼達はひるまなかった。悲鳴と武器の音が響いた。
「こっちの道は狼は出ないはずなのに」
騒ぎにのって囚人達は手錠の鍵を奪い、混乱状態となった。少年ははいずりながら横たわる暗黒騎士に近寄った。
『鍵を外してくれないか』
マスク越しにくぐもった声がした。
『必ず助けるから』
「う、うん」
少年は魔封じの錠の鍵を持っていた。震える手で錠が外された。騎士の手が少年の頭上にひらめいた。少年が息を飲んだ。少年の頭上で騎士の錠に狼が頭を砕かれた音がした。
『行こう』
ふらつく少年を抱えて騎士は馬車を降りた。騎士も先程までの魔法の影響で弱っていた。だが今気を失うわけにはいかない。騎士は護衛の死体から剣をとった。襲ってくる狼を薙払うと黒い障気が生じた。狼に牙でかすられても黒い鎧は傷一つつかなかった。子供は泣きじゃくっていた。
「父さん…」
騎士はこの鎧の力があればこの場はしのげるかもしれないと考えた。その時火の粉が舞った。
「竜だー!」
血の臭いにつられ飢えた竜が上陸した。騎士はとっさに少年を抱えて走り出していた。爆発のような音と木や瓦礫の破片が吹き飛んできた。騎士の兜に破片があたった。
『大丈夫?しっかりして…』
少年は薄れる意識の中、騎士のフェイスガードが外れ、美しい銀髪の少女を見た気がした。丘の上から、先ほどすれ違ったミシディアの部隊の黒魔導士の青年がそれを眺めていた。二人を襲った火竜が青年の側へ戻った。青年が手を延ばすと竜は優しく鳴いて撫でられた。竜は青年の召喚獣だった。
(やはりそうか。セシル王の娘のセリア王女か。そうでなくては)
青年は笑った。
「気がついたか」
少年が目覚めると、流刑地の医務室だった。
「僕は…」
「随分大変だったようだね」
医術師が声をかけた。少年は思い出した。火の粉が飛び爆発する馬車から彼女が少年を運び出したのだ。黒い鎧の冑が脱げて、夜の闇に髪がたなびいていた。
「もう大丈夫、名前は何て言うの」
優しいまだ少女の面影を感じさせる声が問いかけた。
「シグルズ…」
少年は涙を溢した。
「父さん…」
「…お父さんもきっと大丈夫」
その言葉に少年は号泣した。大破した馬車の様子では無事とは思えなかったのだ。
「大丈夫よ。あなたがこの先もし大変な目に遭ったら私が必ず助けてあげる。必ず守るから。誓うわ。だからあなたも私のことを決して他の人には言わないで」
女は指先を仄かに赤い唇に当てた。絹のような柔らかな髪の感触にシグルズは安堵を感じた。その月の精のように美しい女の黒い鎧の腕の中でシグルズは気が遠くなった。気がつくと流刑地の医務室だった。
「父さん…」
最後に見た父は仲間を守るために戦っていた。
「君はここの門で倒れていたんだよ。ここに来る途中でで何があったんだ?」
「そうだ…狼に襲われて…。」
「それで?…」
シグルズは女との約束を思い出した。
「いえ…後は竜が来て爆発して気がついたらここに」
ドアを開く音がして一人の聖騎士が入ってきた。静かな中にも殺気だった何かが感じられて二人は竦み上がった。
「何か思い出したか」
「竜を見たそうです」
聖騎士は医術師の言葉を聞き剣を抜き放った。
「他は何か見ていないか」シグルズは頷いた。
「…手荒な真似はしたくないが、この先今回のことは他言しないように。バロン国や竜騎士団に広まると良くないからな」
剣士は黄金の針柱の光る切っ先を少年に向けた。少年が何度も頷いた
「お前の身柄はバロン国が保護するそうだ。回復次第処遇の通達があるだろう」
剣士は剣を納めて部屋を出ていった。医術師は胸を撫で下ろした。
「この騒ぎにかけつけた聖騎士だよ。大丈夫だったかい」
医術師は怯んだ少年を安心させようと背を撫でた。そもそもこの氷雪地帯には人を襲う火竜は飛来しないはずだった。表面下で何か異変が起きつつあるのではないか。医術師は胸騒ぎが感じていた。馬車から逃げて助かった囚人達は氷雪の中で行き場を失い、収容予定だった場所の監守達の捜索で再度囚人となっていた。その中には少年を助けた暗黒騎士もいた。