NOVEL(FFW)

□プロローグ
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それは新月の夜だった。篝火が青い髪の少女の前で燃えていた。クオレは静まった舞台で聖杖を両手に目を閉じた。注目していた観衆は息を飲んだ。クオレが召喚の舞と詠唱を始めて空気は沈黙を止めた。クオレは集中しながら確信していた。この召喚は成功すると。


プロローグ

各国の威信をかけた召喚士達の競技が一年に一度、ミストの里で行われていた。10年は経つこの催しは年々盛大になっていった。召喚士でもない限り、通常幻獣は、生涯に一度見られるか見れないかの貴重なものだ。珍しさで人々は集まった。クオレはエブラーナの代表として出場して二回目となる。前回はバロンの召喚士に破れて第二位となった。今年こそはと修練を一年間積んできた。リディア王妃とエブラーナの厚意で生き延びれた恩にクオレは報いたかった。エブラーナに昔から伝わる四神獣を喚び出す予定だった。高度な召喚になるため、何度も訓練を積んできた。制限時間内に、予め報告した召喚獣を失敗せず喚び出す競技だった。高位のものをできるだけ複数喚び出すのに成功すれば高得点が得られる。召喚魔法は一歩間違えれば観客に危険が及ぶため、厳重な監視体制が敷かれていた。特に審査員長でもあるリディア王妃は、幻獣が万一召喚士の制御が効かなくなったとき対抗することのできる高位の召喚士だった。と言っても不足の事態が起きたことは大会が始まって以来なかった。通常召喚士は自分の能力以上の幻獣は喚び出せない。何らかの偶然の条件が重ならない限り、召喚士の意図以外の幻獣が喚び出されることはない。召喚した者は死ぬと伝えられている高位の幻獣もいたが、あまりに難度が高くて喚び出せないための迷信だと思っていた。クオレの目の前で歓声と拍手が起こった。先に召喚を成功させたバロンの召喚士がクオレの横を通り過ぎた。きつい視線を感じてクオレは身を引き締めた。大国を背負う召喚士は纏う雰囲気も威圧的だった。昨年は彼女の力に圧倒されたが今回は違うとクオレは自分に言い聞かせた。こんな時、義理の姉弟として育ったエブラーナの王子だったら自分に何と言うだろうか。自分の力を出しさえすればいいのだと、明るく勇気づけてくれただろうか。クオレはこの大会が終われば、彼が滞在し、武道を学んでいるファブールに朗報を伝えに行けるようにと願った。クオレの順が来て、壇上に登った。観衆の拍手にクオレは敬礼した。貴賓席で見守るリディア王妃の優しい眼差しにクオレは勇気付けられた。リディア王妃から授かった聖杖をクオレは構えた。詠唱と舞を始めてすぐに、一つ目の召喚が成功した。白い花びらが会場に舞い散り、青い龍が壇上に昇る姿を現した。花が散り終わると緑の葉に変わった。一隅に赤い朱雀が現れた。羽ばたくと葉が紅くなった。紅い葉の積もる一隅から白い虎が咆哮した。最後に雪に変わり、霊亀が一隅に現れた。奇跡のような現象に、盛大な拍手が贈られた。クオレは笑顔で拍手に応えた。不意に壇上の空気が凍えてクオレは中央を凝視した。暗い闇がそこだけ淀んでいた。闇と思ったものはうずくまる人影だった。影はゆっくりと立ち上がると、クオレの方を見た。黒い霧が壇上を覆い、観客から見えなくなった。四体の幻獣は霧に呑まれて姿を消した。クオレは言葉が出なかった。練習では一度もこのようなものは召喚したことはなかった。影が一歩ずつ近付いて来てもクオレは動くことができなかった。背筋を冷たいものが伝った。影が言葉を発した。

「真月の娘か。礼を言う。そなたがここへ再び戻る道を標してくれた。そなただからできたのだな。」

クオレは杖を強く握った。その手は血の気がなくなっていた。

「あの女の力が弱まった今こそ」

影は深淵のような声をしていた。顔は半分は仮面で覆われ、白に近い銀の髪が肩まで垂れていた。

「あなたは誰なのです…?もしや」

乾いた喉からクオレはようやく言葉を出した。クオレの伝え聞いた特徴と目の前の影は似ていた。大勢の犠牲者が出た、過去の戦乱の原因になった者。邪な闇の意思と強力な魔力を持つ月の民。

「ゼロムス…?」

過去に二度も戦士達に封じ込められたものが、三度目に姿を現したというのか。影はクオレの目の前まで来ていた。塔のように高く、威圧され、クオレは怯んだ。1人で対峙するにはあまりにも大きかった。

「その名で呼ばれたこともあった。私は多くの名を持つ」

ゼロムスの片方の目が虚空のように大きく見開いた。ゼロムスはクオレの目を見つめてから手をかざした。。

「そなたの未来には死の影がある。」

吸い込まれそうな圧力にクオレは震えた。
このままゼロムスに命を奪われるのかと覚悟した。

「真月の娘。この礼として、今後一度だけ、そなたを死の運命から遠ざけよう」

青い稲妻がゼロムスの周囲に生じて姿が消えた。辺りは何事もなかったように静寂に戻った。自分が喚び出してしまったものにクオレは愕然とした。霧が晴れて静まっていた会場は再び拍手に包まれた。正気に戻ったクオレは、虚無感に包まれた。魂が抜けたように称賛も拍手も耳には入らなかった。

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