NOVEL(FFW)

□旅人の王妃
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夜が更けた頃、カインは今では閉鎖されているバロン城のバルコニーに登った。月の明かりで足元まで明るかった。カインはここで数年前最後にローザに会った日のことを思い出した。革命で内戦状態になり始めていた時だった。一時的にエブラーナに避難するよう王と王妃に勧めていた頃だった。

カインは同じ月明かりの夜にローザに呼び出された。

「旅から無事に帰られて何よりです。王妃」

ローザはバルコニーからカインを振り返った。憂いを帯びた顏は、それでも花のように美しかった。バロン一と称えられた美貌は健在だった。

「もう昔のようにローザとは呼んでくれないのね」

ローザは目を逸らしてうつむいた。

「貴方はもう王妃ですから」

ローザの長い髪には薄紅色のクリスタルの髪飾りがきらめいていた。

「覚えてる?あなたが私に初めて贈ってくれたものよ。大切にとっていたの」

薔薇の花を型どった髪飾りをカインもよく覚えていた。

「まだ持っていてくれたんだな」

カインは微笑した。

「これを身に付けると心が安らぐの。」

そう言って微笑んだローザは、すぐにまた暗い影を宿した。

「あの頃にかえりたい」

ローザらしくない言葉にカインも彼女の悲しみを感じた。

「信じていたものが何もかも変わってしまった。時の流れは残酷です。」

ローザは眉根を寄せた。

「貴方だけはあの頃と変わらない。どうしてなの…?」

ローザは答えを求めてカインの目を見た。

「…俺も永遠に変わらないわけじゃない」

カインはローザの隣に近付いた。

「…私は自由が欲しい。」

ローザはバルコニーから城下を見つめた。

「私は王妃になるべきではなかったのかもしれません。あなたのように空を飛べたら良いのにと何度も思いました」

誰よりも国を案じて慈悲深い彼女は、カインが知る限り王妃の責務を立派にこなしていた。
あの時までは。

「それでずっと旅をしているのか?」

「…もう旅は止めます。目的のものを見つけましたから。」

セリアが生まれてからローザは旅に出ることが増えていた。人々には王妃はまるで旅人のようだと揶揄されていた。

「泉の妖精を見つけました。私の子供にあんなことをしたのは何故かと訊きました。」

カインはローザの言葉に驚いた。

「あなたも知っていたのね…。カイン」

ローザはまっすぐにカインを見つめた。

「すまない。君にあんな思いをさせて」

ローザは目を伏せた。

「あなたが悪いのではありません。でももしあなたがそう思っているのなら、どうか私の子供達の力になってあげて。必ずあなたの力を必要とする日が来るでしょうから…」

「俺は君達を必ず守る。この国も」

「…それは私が王妃だからなの…?」

カインは何も言えなかった。

「戯れ言です。忘れてください…私も大切な人達とこの国を守ります。命に代えても」

カインは延ばしかけた手を握りしめた。
ローザは振り返らずにその場を後にした。
その時の悲しげな笑顔がカインには忘れられなかった。

「カイン」

いつから見ていたのか、セシルがローザの去った後で呆然とするカインに声をかけた。

「セシル…」

「すまない。君にあんなことさせてしまって。ローザにもかわいそうなことをしてしまった」

「俺はいいんだ。自分で望んだことだから。お前も聞いたのだろう?試練の山で」

セシルは頷いた。

「あの更に奥から聞こえてきた。あれは…」

そこまで思い出して、カインはバルコニーにたどり着いた。
カインからもらったクリスタルの光が強まった。セリアは目を覚まして窓を見た。月の光が静寂な夜を照らしていた。城のバルコニーに金色の影がいた。カインだった。
諸国での仕事から戻って来ていたのだ。セリアはテーブルのクリスタルのネックレスを身につけて部屋を出た。閉鎖された城を目指した。
風がカインのマントを翻らせていた。カインはバルコニーで眼下に待機する飛空挺を見つめていた。月の光が羽根のように大気に舞っていた。同じ階までたどり着いたセリアは少しずつ近づいた。
カインは目を閉じて手すりに体を傾けて思い出していた。

遥か昔王と王妃がここで繰り出す飛空挺を二人で寄り添い見つめていた。確かその時自分はその様子を見つめて…。

「カイン」

名前を呼ばれて振り向いたカインは、一瞬よく知った人間の面影を見て驚いた。

「カイン、帰って来てたの?」

明るい声が響いた。

「セリア…元気にしていたか?」

白い竜騎士は笑顔を見せた。セリアの胸元には、以前別れるときに渡した試練の山で採掘されたクリスタルがきらめいていた。

「カイン、。私、聖騎士のの資格試験をもうすぐ受けるの…」

「それは…」

セリアの目は星のように輝いていた。やはり血は争えないなとカインはセリアの顔を見つめて思った。

「本当に戦うのは自分自身とだ。忘れるな。」

セリアは不思議に思ってカインを見つめた。

「カインはどうして私をあそこから助け出してくれたの?ずっと聞きたかった」

セリアの長い銀の髪がたなびいた。

「それは」

カインは呟いた。

「…ただ君を自由にしてあげたかったんだ」

それによって更に試練にさらされることになるとは分かっていたことだったのに。

「君と空を飛んでみたいと思ったんだ」

カインは手すりにひらりと飛び乗った。

「まだ空中は怖いか?」 セリアは頷いた。

「それでは竜騎士にはなれないな。」

カインは手を差し伸べた。

「慣れるまで訓練が必要だな。後で剣も稽古をつけてやろうか?」

セリアはカインの差し伸べた手をとった。

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