短編

□【十周年企画】クッキーはいかが?
1ページ/1ページ

 美味しいものは人生を豊かにするから美味しいものは積極的に求めるべき。これは前世の私の信条であり、今世の私のポリシーである。信条とポリシーって何が違うのだと? 日本語と英語の違いです。
 そういうわけで、今生の私はエネルゴンという味という概念が殆ど無い物体……って言っていいもんなのかなこれ、とにかく、エネルゴンというものに味という概念を付与することに執心し、挑み、成功した。その次は食感の追求だ。まだ「甘いものはふわふわと柔らかく」「しょっぱいものはぱりぱりと固く」「辛いものはさくさくと軽やかに」くらいの違いしか作れてないが、そのうちスポンジケーキとかおせんべいとかカラムーチョみたいなものも作っていきたい。カラムーチョ美味しくね? あれ「私」大好きでした。
「つーわけでできあがりましたエネルゴンクッキー十三号。中々に良い出来なんじゃあないのかこれ」
 脳内の自分の会話に繋げるように独り言を呟くここはおなじみのデストロン海底基地……ではなく、地上に作った私用秘密基地もとい秘密研究所の一つである。小川を利用して水車小屋を作り水力発電によって電力をまかなうという、いつもの構造のやつだ。よく家出先として利用しているが、今日は純粋に休日なのでこっちにきた感じ。なんとなく、海底基地の実験室でやりたくない気分だったんだよね。
 ぶつぶつと頭の中で呟きながら、オーブンを模した箱状の加工機から指先につまめるサイズに加工したエネルゴンをつまみとって目の高さに掲げてみる。見た目はドピンクギラッギラの平べったい固形エネルゴンって感じで、例えば日本人が人間サイズのこれを見たら「君さてはアメリカからきたな?」とひらめいたコナン君みたいな顔で言いそうだ。けれど今の私はトランスフォーマー。いくら意識が前世に寄っていようとも、最低でも一千万年、そこから眠っていた四百万年差し引いて六百万年分のトランスフォーマーとしての意識が、私にこれを経口摂取可能なものだと伝えてくる。だから唇を開き、ぱき、と歯でかみ砕いてみた。

 さくさく。ぽりぽり。さくぽり。

(目指したのはステラおばさんのクッキーだったけど、もうちょっと安い感じするな。森永のあのお手頃クッキーかな? あれはあれでめちゃくちゃ美味しくて好きなんだよな)
 素朴な甘みとさくぽりとした食感がとても心地よい。美味しい一品だ。エネルギー効率、という面で見ると正直全くよくないからメガトロンに見せたら難色を示しそうだけど、でも、たまの贅沢品としてならありよりのありだとおもう。
 改めて加工機から出した鋼鉄板の上のクッキーを眺めてみる。作った全てが綺麗にクッキーの形で完成し、その数は二十三枚。今一枚食べたから残りは二十二枚だ。
(えっと、ワープとクラッカーには三枚ずつやればいいだろ)
 美味しいものは独り占めしてもつまんないからな。色々と据え付けている計器のいくつかがピーピー鳴るのをBGMにしながらお裾分けの分を保存用の容器に入れていく。アクリル板で作ったような透明な正方形の箱に、三枚並べて入れてみると、なんだか高級な菓子のように見えるから不思議だ。
(で、サウンドウェーブたちにも……あっちは人数多いからな、サウンドウェーブに三枚、カセットロンに三枚でいいだろ)
 もう二つ三枚入りの箱を作る。同じものがいくつも並ぶ光景はなかなか心地よい。
(それとメガトロンにも……あのひとあんまり甘いの好かないから一枚でいいか)
 一枚を一番小さな容器に入れてみる。これで三足す三足す三足す三足す一で十三枚。残りの数は九枚。
「半端に余ったな」
 九枚。残りのメンツに分けるには少なすぎるし、かといって一人で食べるにはちょっと多い量である。エネルギー的に、というか、口の中の味わい的に。そりゃクッキーは好きだよ? でもクッキーだけ九枚、しかもさっき一枚食べたから合計十枚って飽きるじゃないか。少なくとも私は飽きる。加工した分エネルギーもそこそこ不安定であり、実はこれ日持ちだってしないのだ。ひょっとすると三日と保たずに自然消滅してしまうかもしれないのだ。まるでガソリンが気化してしまうように。
 どうしたものかな、と腕を組んで考えてみる。そうすればまあいつもならすぐに何かしらのアイディアが浮かんでくるのだけど、今日はその前にお客さんがやってきた。
「おおっと。こんなところにデストロン航空参謀の秘密基地があるとは」
 おどけた声が聞こえて振り返る。視線の先に居たのは、サイバトロンのマイスターだった。横にはバンブルもいる。大方二人一組のパトロール中に私のデストロン反応をキャッチしたってところだろう。
 私は相変わらずピーピー鳴り続ける計器の一つに指を向けた。スイッチの上に「サイバトロン反応測定装置」とあるものだ。それのスイッチを指先でオフの方に傾けると、装置は沈黙した。
「ごきげんよう、サイバトロン。知らないようだから教えてやるが、他人の家に入る時はノックをするのが常識なんだぜ」
「おや、私の知識だと君たちの家は海の底にあるのだけど?」
「お前達にたたきこまれたから別荘を地上に作ったんだよ」
「はてそうだったかね」
 ははは、と笑いながらマイスターが慎重に一歩を進めてくる。右手に持っているのはトランスフォーマー用の銃が一丁。バンブルは彼の後ろにいて、建物の中には入ってこない。何かあったときの伝令役ってところだろう。まあ敵陣に踏み込もうってんだからそういうのが正しい役割分担ではあるわな。
 けれど今日の私はそういう気分じゃあない。だから片手を軽く上げ、もう片方の手でクッキーが三枚入っている箱を掴んだ。
「言っておくが俺は今日兵器開発とかそういう事情でここにいるわけじゃない。勤務時間でいえば休日だし、この研究所は私財で作ったものだし、ここでできあがったのは採算度外視の趣味の品だ。今でくわしたお前達にどうこうされる理由は微塵もない」
「それを私たちが信じるとでも?」
「証拠があるんだよ。ほら」
 言いつつクッキーが入った箱を掲げてみせる。マイスターの水色のバイザーと、バンブルの水色のオプティックがそれに向けられた。
「それは?」
「人間が食べる『クッキー』という食べ物を模したエネルゴンだ。これ一枚の精製に標準サイズのエネルゴンキューブを大体三分の一使う」
「補給率がいいとか、そういう品かい」
「いいや。食べて旨いんだ。結構上手くできたから、お前らにもやるよ」
 そう言って、地面に箱を置く。本当は食べ物が入った品をこうやって地面に置くのは大変よろしくないのだけど、お互い変に近くに寄ってしまうのはもっとまずいからな。
 指に力を入れて箱をはじくと、箱は滑らかな床をマイスターの足下まで綺麗に滑っていった。それをマイスターがこちらを伺いながら屈んで持ち上げる。けれど片手が塞がっている彼にはそれ以上のことは難しそうだった。
「マイスター、オイラがあけます」
「頼んだ」
 横からすうっと出てきた小さな手が箱を受け取る。ぱか、と開いたバンブルは中身をじっと見つめ、そのうちの一枚を取り出した。
「見た目はクッキーに似てますね。大きいけど」
「おやお前はクッキーを知っているのか」
「スパイクとカーリーがよく食べてるよ。スパークプラグも。でも一番食べてるのはチップかな。ただ、彼のにはよく黒い土みたいなのが入ってる」
「察するにそれはチョコチップクッキーってやつだ」
 チップは下半身が不自由なため車椅子に乗っている少年だ。ただ、天は彼に頭脳という祝福を授けたためか人間の中ではべらぼうに頭が良い子である。そしてその頭は動かすためには大量の糖分を必要とするのだ。ここまでくれば、そういうのと相性のいいチョコチップクッキーが出てくるのは自然な推理である。ついでにクッキーモンスターが意気揚々と頭の中に登場したが、こいつはちょっと作品が違うので記憶の箱に押し込んでおく。帰れ、セサミストリートに。
「へえ。あんた人間の食べ物に詳しいね」
 バンブルが目を丸くして私を見つめた。そりゃそうだ。だって私は元人間だ。
 でもそういうことは言えないし言っちゃいけない。だから私はいつものちょっとキザな笑みを浮かべて答えた。
「見たことないものは気になるだろ。そんで、気になって調べたら真似したくなった」
「それは同感。ね、これ食べて大丈夫なものなの?」
「ああ。我ながらよくできたと思う」
 言いつつまだ残っていたものを手に取って唇に挟み、ぱき、と砕いてみせる。口の中に広がる甘みは心地よく、そのまま数度咀嚼して飲み込むと、ほわ、と腹の中に温もりが広がるような感覚があった。さっきはなかったものだ。
 不思議なことに「誰かと一緒に食べる」はその「誰か」が敵であってもあてはまるらしい。寛容なことだ、と心の中でひそひそ笑うと、バンブルが一枚つまみ上げてしげしげと眺めた。
「食べてみたい。マイスター、良いですか?」
 マイスターは即答はしなかった。珍しいことにそうとわかるほどの迷いの表情を浮かべてバンブルを伺い、私を見つめ、私の手の中のクッキーを見つめた。おお、迷っておる迷っておる。
 面白そうだし背中の一つも押してやろうではないか。私はもう一口囓り、咀嚼しながら言ってやった。
「召し上がれ」
「……よし、食べたかったら食べてい」
「食べます」
「即答するのか……」
「即答かぁ……」
 思わず苦笑した私とマイスターの側でバンブルは自分の口の中にエネルゴンクッキーの端をくわえてぱきりと割った。そのままもぐもぐと咀嚼する。固形タイプのエネルゴン自体はまあそれなりにあるので、食べ方はわかったみたいだ。そして口の中のものを飲み込んで、彼は叫んだ。
「美味しい!」
「ほう」
「オウ、そりゃよかった。制作者冥利につきるってもんだ」
「なんか、口の中が柔らかくなったような、幸せな感じがする! これ何!?」
 さっきまでの警戒はどこへやら、バンブルはキラキラしながら問うてきた。それに答えないで科学者なんて名乗れない。だから私は心持ちふんぞり返って答えてみせた。
「それは『甘い』という感覚だ。クッキーというのは基本的に甘いものだからな、それを忠実に再現した。フレンジー達といいバンブルといい、どうやら小型のトランスフォーマーには『甘い』が好ましいらしい」
「マイスターもどうぞ!」
 バンブルはきらきらしたまま箱を両手で持ってずいとマイスターに差し出した。それをマイスターは戸惑った雰囲気で見つめ返した。
「ええと」
「流石サイバトロン軍高官。敵の幹部が作った得体の知れないものを小さな部下に毒味させたのにそれでも喰わずに保身を取るか。いやぁ正義のあり方も時代によるもんなんだなぁ」
「思ってもないことをつらつらと言うね」
 呆れた雰囲気でマイスターが言う。それに私はからりと笑ってみせた。
「そりゃそうだ。なんせ俺様は悪の軍団デストロンの航空参謀なんだから。嘘の一つや二つつけてなんぼだろう?」
「そういうところが困るんだよ。とにかく、私も一ついただくとしよう」
 マイスターは空いている手でクッキーを一枚つまんだ。そのまま口元にもっていって端を少し噛み、咀嚼する。さくぽりという音がちょっとだけ聞こえた後、彼は呟いた。
「なるほど、確かに美味しい」
「ふふん」
 マイスターにそんなことを言われたら鼻高々にもなるもんである。私は彼に向かって渾身のドヤ顔を披露してみせた。けれどこの後のバンブルの一言でそれどころではなくなった。
「これコンボイ司令官にも食べさせてあげたいな。もうちょっともらっていい?」
「はあ!?」
「ば、バンブル、それはちょっと」
「そうだぞ! お前、これ仮にも敵軍が作ったもんだぞ、そう簡単に自分とこの総大将に喰わそうとするな!」
「スタースクリームはこれを食べるものとして作ったんでしょ? だったら『食べられないもの』にはしないでしょ」
 バンブルは実にあっさりと言ってきた。そしてそれは事実である。
「これは一本取られたな。褒美だ、追加でやるよ」
 作ったものを褒められるのは嬉しいものだ。私は手元にある三枚入りの箱をもう二つ彼の方に放った。向こうに九枚、私が食べたのが二枚、となると残りは十二枚。予定変更してメガトロンにはおすそ分け無にしようと決意した。
 バンブルの小さい手は飛んできた二つの箱のうち片方をキャッチした。もう一つはマイスターがキャッチした。いいコンビネーションだ。
「ありがと!」
「代わりと言っちゃあなんだが、この研究所は軍団のために使うもんじゃあないから目こぼししてもらいたい。いいか、マイスター」
「いいだろう。ただ、潰さないだけで把握はさせてもらうからね」
 そこで初めてマイスターは銃を腰部のジョイントに戻して手を空けた。完全に戦闘意思なしってことだ。いやーよかったよかった。なんだかんだでここはエネルギー研究のための在庫があるからここでドンパチされたらおなじみの大爆発待ったなしになりかねないんだよな。
 その点、そういうことを呼び込みやすいアイアンハイドとかそれこそコンボイあたりがここに来なかったのは幸運と言えるかもしれない。うんうんと頷いて、私は彼らに背中を向けた。後片付けまでが料理ですからな。きちんとやらねば。
「わかってる。さっさと行け」
「じゃあね」
「じゃあね〜!」
 こうして二人は元気に帰って行った。後日、クッキーを食べたサイバトロンから戦場で「クッキーおいしかったそれはそうとしてしね」と攻撃されたのは言うまでもない。あの精神性の方が生きるように嘘をつく私たちよりずーっとタチ悪いと思うんだけどなぁ!?


******

鶴咲さんからいただいたリクエストでした!クッキーっておいしいよね、バターの香り豊かなクッキーもココアクッキーもみんな好き。一時期はオレオにハマッてました。一度でいいのでいつかステラおばさんのクッキー食べ放題に行ってみたいなぁ。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ