短編

□【四万打記念】銀の星の体、青い星の心
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 肉の体を失った今、私の全ての感覚は数値に置き換え記録できるものになった。

 人であれば生身でゆくことの叶わなかった世界に気楽に行けるようになったのはいいことなのかもしれないけれど。

 うなじを撫でる風の心地よさも、雨の日に立ち上る強い土の香りも、何もかも、

 無機質な数字の集まりになってしまうことに、たまに耐えきれなくなる。









 銀の星の体、青い星の心










 海底基地は文字通り海底にある。だから外空間との遮蔽性は極めて高く、それはそのまま基地全体に圧迫感があることを示している。
 平素ならばその圧迫感は気になるものではない。どうせ会社にいたり家に居たりした時は長く外に出ないこともあったし、私は元々インドア派で外で遊ぶタイプではなかったから。
 けれど、たまに無性に外を、風を、命の存在を感じたくなる時がある。そういう時は海底基地から飛び出して、今のように心地良い風の吹く丘でのんびりと過ごす。『俺』が『私』を思い出してから暫く後、いつからかそれが私の習慣となっていた。
 金属の体は重く、草の上に腰を下ろせば緑の命の多くは潰れて死んでしまう。もちろん緑の上に限ったことではなく、この体でどこかで休もうとしたら何かしらの命を犠牲にしてしまうのは百も承知だ。だけどなるべくそんなことはしたくないから、私はいつも土の上や岩の上に腰を下ろしていた。土の中にいる微生物の事まで尊重していたら何も出来なくなっちゃうしね。
(本日の天気は晴れ。風速5.34メートル。気温25度湿度28パーセント…)
 頭の中にゆるゆると流れてくる、この体で分析した本日の天気のデータ。それは驚くほどに正確なのだけど、私がかつて持っていて、今はもう永遠に失われてしまったものではない。

 正確性なんてくそくらえだ。このやろう。

「………」
 丘の上にある頑丈な大岩から茶色の地面に降り、背中に土がつくのも気にせず寝転がる。一番たくさんの情報を私に伝えてくる視覚回路を落として、真っ暗な中、土の音や風の音に意識を向ける。数値でのデータではない、その向こうにある、命の音を感じ取ろうと『耳を澄ませ』た。
 だが、私がそれらの音を聞き取る前に、無粋な足音が大地を伝わり私の方に響いてくるのを聞き取った。人間のものではない。人間よりも大きい。いや、この星の、大地を歩くいかなる生命体よりも大きいもの。
 むくりと上半身を持ち上げて、視覚回路を復活させて体についた土を払う。そのまま音のする方を見ていると、岩を回り込んで現れたのは私と同じトランスフォーマー達だった。
 ただし体についているマークの色は赤いけどね。
「なっ…!」
「うわっ!」
「これはこれは。珍しい奴がいるね」
「そっちこそ。サイバトロンが雁首揃えてこんなとこに何しに来た?」
 先頭にいたのはコンボイではなくマイスターだった。その後ろにいるのは…プロール、ラチェット、ストリーク、バンブル、アイアンハイド…あと色々。メンバーにはサイバトロンであること以外の共通点は無し。
「こっちはピクニックってやつだよ。天気がいいから遊びに来たんだ」
「へぇ。そりゃいいご身分で」
「君もそうだろう?」
「ピクニックではないがな」
 向こうがどうかはわからないが、私はこんな良い天気に、しかも多勢に無勢で戦う気は無い。一応ナルビームのエネルギーも他の装備の準備もちゃんとしてあるから、仮にここで彼らが戦闘を仕掛けてきたら脱出できる自信はある。そこの怒れる赤いワゴン車とかやる気満々だな。ていうか私こいつのやる気満々以外の表情見たことないや。
 ワゴン車に対して落ち着いているのはこの集団のリーダー的ポジションにいるらしいマイスターである。彼は後ろでざわつくサイバトロンの面々を制すように手のひらを彼らに向けて腕を振った後、彼はゆっくりと私に近づいてきた。イケメンは眼福というやつだけど、今見なくても戦場で嫌という程見る顔なので振り向いた体勢から体を戻し、岩に背中を預けて空の方に目をやる。
「…何を見てるんだい?」
「あ?空だよ。空以外無いだろ」
 イケメンがアホな事を聞くんじゃないよ。
 私の視界の許す限りで、水色の空に、刷毛でさっと白い絵の具を撫でただけのような雲が漂っている。とても良い天気の空というやつだ。
 マイスターは私の言葉を噛みしめるように少しの間無言になっていたが、やがて私が本当に空を見ているだけだと理解すると、いつぞや見た偽りの笑みを浮かべて更に言葉を重ねてきた。
「良い空だね。デストロンだって心穏やかになる程の」
「思ってもいねぇことを言うな。気持ち悪い」
「やはり君には通用しないか」
「嘘笑いで騙されるのは馬鹿かそれを利用できる奴だけだ。生憎俺はどっちでもない。
 つーか、めんどくさいからさっさと聞けよ。何しにここに来た、何しにここにいるって」
 お前のやり方はめんどくさいんだよほんとにもー。後ろでバンブル達が心配そうにアンタの事見てるし。アイアンハイドはいつの間にか手のひらに拳を打ち付けて臨戦態勢だし。仲間に気を持たせるんじゃないよ。
「じゃあ聞くけど、デストロンの航空参謀がなんでこんな所にいるんだい?」
「特に意味は無い」
 別にここじゃなくてもいいからね。ただのんびりしたくって、命の声を聞きたくて、ふらっと飛んでたらたまたまここに降りただけですからね。
「それは本当か?」
「ほんとにほんと。何なら辺りの探索でもしてきたらどうだ?俺以外誰もいねぇよ」
「なら今ここで皆で君を倒すこともできるってわけだ」
「残念ながら俺は無抵抗主義者じゃねぇから、そりゃあ無理だな」
 くく、と笑って言ってやる。言葉が嘘ではないことを示すようにわざとナルビームを見せつけるように腕を動かすと、マイスターはふむと一つ頷いた。
「ということはここで交戦しても益は少ないということか」
「そういうこと。俺だって好きこのんで多勢に無勢で戦いたかねーから、お前らどっか行け」
「残念ながらそういうわけにはいかないんだ。こっちもこっちでレクリエーション企画を組んでいるからね。何なら君も参加するかい?」
「冗談きついぜ廃車野郎」
 どうやら向こうが引く気は無いらしい。立ち上がり、腰部についた土埃も落としてサイバトロンの面々を軽くみる。ただざわざわしていたサイバトロン達は私が立ち上がったことで一気に緊張感を増したが、私は彼らを一瞥しただけで背を向けた。
「お前らがいたんじゃ落ち着いて昼寝すらできねぇ。無粋な奴らだぜ全く」
「何だと!?」
「そういうのがうるせぇつってんだよ。じゃあな!」
 言うが早いか私は軽く土を蹴り、飛び上がった拍子にトランスフォームして戦闘機の姿になった。噴射口から色のついた炎を噴きだし、一気に加速して丘から離れる。
 人の体では決してできない加速の感覚。体の表面を、体の隙間を、刃物のように鋭い風が撫で上げるこの感覚。この感覚もまた、極めれば数値を超えたものになるのだろうか。
 そんなことを考えつつ、別れの戯れに空で一回転し、サイバトロン達の頭の上を撫でるようにアクロバティックな超低空飛行をしてやったらサイバトロン達は悲鳴を上げて逃げ惑った。
「あばよ、サイバトロン!」
「戦場で会ったら撃ち落としてやるよ」
「楽しみにしてるぜ四つ足さん!」
 最後に一言投げつけて、見せつけるようにもう一度加速する。羽の先の先をブチ切れたらしいクリフの銃撃がかすった気がしないでもなかったが、大したものでもなかったので私はそのまま空の中に飛んでいった。

 この体ではもう肉の感覚は得られない。皮膚に食い込むざらざらとした草の感触も、細胞に染みる水の感覚もわからない。

 けれどこうして空を飛べるのなら、

 けれどこうして音を越えた世界に行けるのなら、

 失ったものにうじうじとしがみつくよりは、そっちを見て楽しむ方が建設的なのかもしれない。







(了)

******

40000hit記念リクエスト『サイバトロンとの絡み』でした!サイバトロンっていうか副官としか絡んでないなこれ…。
でも副官はスタースクリームを見つけたら仲間をかばって一人で対峙しようとするイケメンだと思います('ω')カッコイイネ!(例:スカイゴッドの話)
 

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