捧げ物・企画

□ロイヤルスター・プラネタリウム
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 甲子園球場のようにツタの葉でおおわれた四角い建物の下には、ガラス扉がムックの口のごとくのぞいていた。ギギギ、と軋むドアを引いて取りあえず中に入る。しょぼい外観を裏切って、まぶしい白銀のホールが広がっていた。なんであたし以外誰もいないの? それ以前にここどこ? 前後の記憶があいまいなんだけど。靴をはいていない理由も思い出せない。

「どうかなさいましたか?」

「ひゃおう!」

 変な声を発してしまった。恥ずかしぬ。そっと振り返ると、ダークグレーのスーツを着こなした長身の男の人が立っていた。日本人離れした感じだから断言できないけど、20歳前後かな。高校生のあたしより年上だと思う。さらさらした髪は漆黒だけど、彫りの深い顔だちで、二重まぶたもくっきりしている。青みがかった薄灰の瞳は物静かな……って、観察している場合じゃないよ。

「あの。ここってどこですか?」

「ロイヤルスター・プラネタリウムです」

 カタカナだと分かる平べったい発音を口にした。日本育ちなのだろうか。

「えっと、そうじゃなくて、現在地の住所とか教えてもらえますか」

「そうですね。サウザンクロス駅の手前といったところでしょうか」

 意味不明なんですけど。と言う代わりに1歩後ずさった。すると案内っぽい人……ホストでいいか。やたらイケメンだし、ミュージシャンみたいな目の色しているし。ホストはわずかに首を傾げて、「銀河鉄道の夜という作品はご存知ありませんか」と会話を広げてきた。宮沢賢治の作品だと思うけど、うっかり話に乗ったらややこしいことになりそうな気がする。

「すみません。ほかのところで聞きます」

「まもなく春の夜空の解説がはじまりますよ。お急ぎでなければご覧になって下さい」

 ホストはスーツの内ポケットを探った。彼の手の白さと指の長さにおどろきながら、銀にひかる縦長の紙を受け取る。エメラルド色のインクで《鑑賞券》とだけ記されていた。

(緑と銀の組み合わせを見ると、スリザリンカラーって思っちゃうんだよね)

「スリザリンはお嫌いですか」

「あ、あたし、声に出しちゃった?」

「失礼。聞こえてしまったので、つい」

 奇声をあげちゃったときより恥ずかしいよ。ていうか、この人もハリー・ポッターの作品を知っているの? そうは見えないんだけど。なんて、うかつなことは言えない。近所に住むダイちゃん……男の人なんだけど昔からそう呼んでいる。そのダイちゃんだって20歳を過ぎても読んでいたんだから。
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