小説恋になるまで
□あと一歩
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どうしてこうなるんだ……
吉野美桜はそう思いながらため息をついた。
体育祭の日から3日寝込んでる間、大地が甲斐甲斐しく世話をしていた。
告白される前より甘やかされている気がすることは熱で朦朧とする頭では考えられなかった美桜だが、今まさにそれを感じている。
「大地……」
「あー?」
「この態勢うぜぇ」
大地は美桜を後ろから抱え込むようにして生徒会室のソファに座っている。
美桜の言葉に曖昧に返事をする大地は退きそうにもない。
そんな二人を見て、呆れながら吉岡が声をかけた。
「南雲、吉野が好きなのは分かりますが仕事しづらそうですよ」
「そうっすよー、大地先輩。くっつくなら俺にどうぞ!」
「…………なんでお前がいるんだ」
ここにはいるはずのない転入生、神宮美月がナチュラルに会話に入ってきたことに三人は驚いた。
「大地先輩がいるところには俺はいつでも現れますよー」
「貴方も懲りませんね。南雲には断られたのでしょう?」
「断られたっすけど、吉野先輩とは付き合ってないんでしょ?じゃあまだ俺にもチャンスはあるじゃないっすか」
「バカ野郎、美桜は必ず俺に落ちる」
「お前らどっちもバカ野郎だ」
美桜は、またため息の原因が増えた、とため息をつく。
そんなため息の原因達はまだ言い争っている。
吉岡は気にも止めていないようで書類をこなしている。
「結局俺が止めんのかよ…」と項垂れ二人の間へとはいった。
「いいかげんにしろ」
「おい、美桜!」
「大地、いい加減にしないと嫌いになるぞ」
「……わかった」
「「わぁ、ヘタレ」」
「うるせーっ!吉岡と転入生!」
「あー!先輩!そろそろ名前くらい覚えてくださいよっ!」
「知らねーよタコ野郎」
この二人は静かにならないんだな、と美桜と吉岡は半ば諦めの境地へと入り出した。
「ダメですね、この二人。」
「ああ、あれだな。今すぐ解決しねぇとずっと続きそうだ…」
「よろしくお願いします」
どこか他人事な吉岡の視線に促され美桜は言い合っている二人をソファへと座らせた。
「まず、転入生の要求を聞いてやる」
「嫌々聞いてもらわなくて結構ですよー。吉野先輩どこまで俺様なんですか?素なんですか?」
「吉野っ!!落ち着いて!殴ってはいけません!!」
吉岡は今にも殴りかかりそうな美桜を押さえつける。
「おい、転入生。美桜は俺様ってより可愛いんだ。知りもしねぇのに勝手なこと言うんじゃねーよ」
「ああっ、吉野!!南雲も悪気はないんですよッッ!!」
だから落ち着いて!!と吉岡は今にも泣き出しそうだ。可哀想に。
「んんっ!話を戻す。転入生の要求は、なんだ?」
「そーですねぇー。まずは大地先輩に名前で呼んで欲しいですねぇ。そしたら吉野先輩にも少しは優しくしますよ」
なんだ案外普通だな、と言いかけて美桜は口をつぐんだ。
余計なことを言ってこれ以上ややこしくしたくはないのだ。
「だとよ、大地」
「……………名前なんだっけか」
「ひどっ!神宮美月!もうなんで俺こんな吉野先輩バカ好きなんだろ…」
美月は落ち込んだように肩を落としため息をついた。
何回も自己紹介してんだけどと呟いているあたり本格的に可哀想だ。
「わかった。美月、でいいのか?」
「はい!もう忘れないでくださいね!忘れたら大地先輩がどんだけヘタレか言いふらします」
「それ、気になりますね」
「お、吉岡も気になるか?俺もだ」
「おいおいおい!美桜はぜってぇダメだ!!」
「ヘタレくらい良いじゃないですか。役員は全員知ってることですし」
吉岡の言葉に次は大地が肩を落とす番だった。
美月も吉岡もさぞ楽しそうだ。
そんな中、美桜が軽く眉間に皺を寄せているのに大地は気づいた。
「どうした、美桜」
「…………俺は知らないぞ。」
「んぁ?」
「………大地が、何にヘタレてるのか俺は知らない…」
大地は思わずクラっときた。
吉岡も美月も呆れた顔をしていた。
今にも部屋を出ていきたそうだ。
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