短編集(その他)

□Strawberry taste
1ページ/1ページ

「テツ。」
呼ぶ声が聞こえて、そちらを見る。
体育館の入り口に立っていたのは青峰君。
僕は持っていたボールをその場に置き、駆け寄った。
「なんですか。」
「そろそろ帰ろーぜ。」
見れば外はもうすっかり日が落ちてしまい、夜の闇が迫っているのを感じた。
僕より熱中して練習していた青峰君は、いちごオレのパックを片手にダルそうに言った。さすがに疲れたのか。飽きたのか。
「そうですね。今行きます。」
ボールを仕舞いゴールを畳む。
体育館の電気を消し、鍵をかけた。
部室までの道のりを2人で歩く。
ふと、青峰君が口を開いた。
「お前、今日誕生日なんだって?」
「そう、ですけど。何で知ってるんですか?」
「黄瀬のヤローが騒いでた。」
誰にも言って無い筈だが、何故黄瀬君は知っていたのだろう。怖さを覚える。
「おめでとう。」
「ありがとうございます。」
そんな淡々としたやりとりを交わしているうちに部室に着いた。
とっくに下校時刻は過ぎている。
早く帰らないと。見つかるといろいろと面倒だ。
「なんか欲しいもんとかある?」
思いがけない言葉に、ワイシャツのボタンを留めていた手を止める。
「いえ、結構ですけど。青峰君らしくないですね。」
「うるせーな。別にいいだろ。テツだし。」
最後の一言が胸を打つ。芽生えた感情に気付かないフリをして着替えを続けた。
「で、なんかないの?」
「いえ。もう青峰君にはたくさん貰ってますから。」
「は?いつあげた?」
これだから、と苦笑いしながら溜め息を吐く。
たくさん貰っている。貰い過ぎている。
希望を、夢を、憧れを、光を。
青峰君に出会って僕は変わった。
この出会いが一番の贈り物かもしれない。
「テツ。」
僕を呼ぶ低い声が全身を駆け巡る。ほらまた。この感情だって、君から貰ったものだ。
「なんですーー」
不意打ち。
完璧なまでの不意打ち。
ほんの数秒、触れた熱が離れる。
口の中が甘ったるい苺味で満たされる。
思わず唇を指でなぞった。
そこから全身に熱が伝わって、僕は俯いた。
「ズルいですよ。」
「プレゼント、喜んでもらえましたか?」
カタコトな口調で不敵な笑みを浮かべる。ほらまた。そんなにたくさん、くれなくていいから。
「誕生日おめでとう。」
それだけで、いいから。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ