長編

□あの日の彼。3
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考えるより先に体と口が動いていた。
「黒子んとこ行こうよ!」
思わず手を掴んだら赤司君の体が小さく震えたのがわかった。
それから、自分がとんでもないことをしてしまったと気づく。
「うわああごめん!」
慌てて手を離す。
赤司君はじっと俺を見つめた。
「やっぱり行くのはやめるよ。」
そう目を伏せて言った。
睫毛が綺麗。
「いいの?」
「ああ。話ならいつでも出来るからね。」
ほんの少しだけだが口角が上がったように見えた。
もっと怖い人だと思ってたから、意外な一面を見て少し驚いている。
さっきの悲しそうな顔も。
小さな笑みも。
WC初日に会ったときとは全然違う。
正直、よくわからない。
そういえば。
「赤司君は、試合が終わったとき、何を思ったの?」
言ってから後悔した。
少しストレートに言い過ぎたかもしれない。もっと言葉を選べば良かった。
気に触ったかも、と少し怯えたが、そうでもないようだった。
「…不思議な感覚だったよ。僕は敗北というものを知らなかったからね。あのときの感情をなんて表せばいいか、生憎僕でもよくわからない。」
そうだろうか。
本当はどこかでわかってるんじゃないだろうか。
だって、あのときの赤司君の顔は、すごく安らかだった。
美しかった。
決して、嫌な気分ではなかったはずだ。
そうは思ったが、何も言わないでおいた。
俺がどうこう言えることじゃない。
「それにしても、君は不思議な人だね。」
クスッと笑って言った。
それがちょっと嬉しかった。
「ご、ごめん。」
「別に謝ることではないさ。ただ少し君に興味が湧いただけだ。また今度会ったときにでも話したいな。」
「う、うん…!」
思いがけない言葉に驚いた。
そして何より嬉しいと思った。
「テツヤによろしく伝えておいてくれ。僕はもう行かなくてはならない。」
「わかった。ごめんね。」
「その謝る癖、次会うときまでに直しておけよ。」
また、笑われた。
思わず出かけたごめんという言葉を飲み込んで、わかった、と笑って伝えた。
「そうだ。君の名前を聞いていなかった。」
ああそうか。そりゃ赤司君が俺のことなんて知るはずがない。
「降旗…光樹。」
「そうか、降旗君。それじゃあまた。」
彼はそう言って去っていった。
果たして次会うときまで覚えていてくれるかな…。
そもそも次っていつ会えるんだろうか。
それにしても、とんでもない人に気に入られてしまったようだ。
でも悪い気はしない。むしろ嬉しい。
自分が憧れる人と知り合えたのがとても嬉しい。
話せてよかった。
そういえばすっかり忘れてた。
(みんなのとこ急がなきゃ!)

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