短編集(赤司受け)

□甘えろ
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明日の部活のメニューについて部室で考えていると、扉が開く音がした。
そちらに顔を向けると立っていたのは虹村先輩。
「まだいたのか。早くしろ。」
「鍵なら俺がやっときますから。先輩、先帰ってていいですよ。」
「外もう暗いし、送っていくから。」
送っていく、という響きにドキっとし、その言葉に甘えたいと思ってしまうが、すぐに先輩に迷惑をかけてはいけないと思った。
「いい、ですよ。俺のことなんて…。」
「あーもう俺が送るっつったら送るんだよ!早くしろ。」
すみません、と小さく謝ってノートを急いで鞄にしまう。
慌てて先輩の元へ駆け寄った。
「どう?慣れてきたか。」
先輩と二人きりの帰り道に戸惑っていると、そんなことを聞かれた。
「まだ、ちょっと…。」
ついこの間、虹村先輩から主将の座を引き継いだばかりだ。
こうして改めて思うと、虹村先輩はすごかったんだなと感心する。
大勢いる部員をまとめたり、部にとって最善の練習を考えたり、選手一人一人の能力を把握したり。
主将として、先輩として、人として、尊敬している。
「まあ大変だろうけど、頑張れよ。」
「はい。」
先輩の頑張れよ、の一言で何でも出来そうな気がしてくる。
虹村先輩のことは、尊敬しているし、好きでもある。
少しでも長く、この時間が続けばいい。
なんて思ってるのとは裏腹に時間はあっという間に過ぎてしまう。
他愛もない会話しか出来なかった。
「ここまでで結構です。」
もうすぐ家だ。
俺の家に寄るなんて先輩にとってはかなりの遠回りである。
「いや、すぐそこだろ?」
「だから大丈夫です。」
本当はもっと一緒にいたいと思うが、やっぱり、迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
必死に目で訴えると先輩は渋々頷いた。
「気をつけろよ。」
「はい。ありがとうござい」
言いながらぺこっとお辞儀をすると、ふいに睡魔に襲われた。
思わずよろけて先輩にぶつかってしまう。
抱きとめられた感じになった。
「おい!大丈夫か?」
「あ…すみません。」
慌てて退こうとするも先輩に腕を掴まれたままで身動きがとれない。
「お前寝てる?」
「いえ…最近はあまり。」
「何やってんだよ。疲れてるんだから、よく寝ろ。」
「でもいろいろやることが…。」
「そんなんどうでもいいんだよ。それよりお前の体の方が大事だろ。」
そう言われて嬉しくないはずがない。
ありがとうございます、と呟いた。
「赤司は…何事も完璧にこなすから、それだけ努力してんだから、あんま無茶はするな。なんかあったらいつでも俺に甘えていいから。」
「は…い。」
甘えていい。
そう言われたのは始めてだった。
だから少し戸惑って。
「つーか甘えろ。うん。」
「はい…。」
いきなりのことで驚いたが、それより嬉しさの方が大きくて思わず笑った。
「よし。つーことで。じゃー気をつけろよ。」
掴まれていた手が離れて少し心細くなった。
「ありがとうございました。」
一礼してから家に向かって歩き出す。
ふと振り返ると同じタイミングで虹村先輩も振り返った。
嬉しくて可笑しくて俺は笑った。
それから、先輩には聞こえないくらいの声で言った。
「好きです。」

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