長編

□≪竜と右目の夢 三≫
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姉上は明らかに元気がなかった。

いつもは花のように可愛らしい、愛らしい笑顔を浮かべて、けらけらと笑い異国の遊びを教えてくれるのだが、
今日はあの緑の水に乗ってやってきてから眉を下げて困った笑みを浮かべるだけだったのだ。

昨日のことを引き摺っているのかとも思ったが、小十郎と殴り合いをしていた姉上はやけに輝いて見えたのでそれは違うと思う。


ではどうしたのだろう


「姉上。何か困ったことがあるなら僕が力になるよ。」
「梵天丸…ありがとう。でも大丈夫。もう充分力になってくれてるから。」


こんな非力な子供の僕で一体何の力になれてい
るのかと気持ちが沈んだ。
声を掛けたとき、姉上は嬉しそうに頭をなでてくれたが、それは小さな子供をあやすそれでぎゅっと膝の上でこぶしを作った。


「(僕だって、小十郎くらい大人になれば)」


唇を噛んで姉上を見上げた。
昨日うっかり吐露してしまった気持ちを
今一度彼女に伝えるために


「姉上」
「何?梵天丸」
「僕が大人になったら、姉上を正室に迎えようと思う」
「…はい?」


姉上は驚いたように目を丸くした。
その表情にとくりと胸が高鳴って、顔が赤くなっていくのを感じた
いけない
ここで子供のような反応を見せては、姉上を嫁になど迎えられない


「姉上は、僕が守って見せるよ」
「梵天丸」
「だから姉上、僕を好きになって…」


最後の言葉は尻すぼみになってしまった。
姉上に僕の一大決心は伝わったのだろうか
子供の戯言として伝わってしまっていたら僕は、泣いてしまうかもしれない

そう思ってうつむいていると、彼女は僕に向き直り、正座をして凛とこちらを見据えた。

その瞳は真剣で、身を切るように痛かった


「梵天丸。そこに座ってよく聞いて」
「……」

言われたとおりに正座をすると、優しく肩に手を置かれた。


「ありがとう梵天丸。梵天丸の真剣な気持ち、確かに伝わってきたよ
でもだからこそ。良く考えて。私はあなたよりずっと年上で、しかもこの世の人間ではなくて、あなたが考えているよりも、ずっとずっと重い人間なの」
「重くなんて!」
「聞いて」


さえぎった姉上の言葉は優しくも厳しかった。
ぐっと固唾を呑んで、無言の肯定を示せばまた静かに僕に言葉を投げかけた。


「梵天丸が大人になる頃、きっともっとあなたは強くなって、私のように甘やかしてくれる存在なんて必要がなくなる。
癒してくれるような人はもっと別に現れる。
今私のような人間があなたには珍しいから、そういう感情を抱くことはある意味し方のないことだけれど、
その言葉はいつか現れるあなたを愛してくれる人に使いなさい。」


そんな人、現れるわけない
姉上のような女性が、このどこの世をさがしたとて見つかるわけなどないのに


「梵天丸…」
「姉上、あねうえが いい…」
「…そのときまで私が君の側にいられて、君がそれでも私を好きで居てくれるなら、もう一度同じ言葉を伝えて。そのときにきちんとお返事するから。」


姉上はなぜかように厳しいことばかり言うのか。
しかしわかっている。これが姉上なのだと
僕が好きになった姉上なのだと


「明日、私と普通におしゃべりしたり遊んだりしてくれる?」
「…うん、うん」
「ありがとう。梵天丸は良い男になるよ」



姉上が部屋から出て行って、一人きりになると涙が込み合えた
気持ちが変わるはずないじゃないか
こんなにも好きなのに
早く大人にならなくては、そうでないと

姉上はどこかに言ってしまうような気がした




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