長編

□蝶の欲情
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※微破廉恥注意








温かいぬくもりが、伝わる

布越しではないそれを認識すると、徐々に重たいまぶたが活力を取り戻していく


「(柔らかい)」


腹部を淡い光が包んでいた。
それは青緑に煌めき、小さな粒をいくつもつくっては弾けていて幻想的だった


「(…女、人か?)」


我の首の後ろに手を回し、きつく抱き締めるその人物は、小さき体にはいささか不似合いな大きい乳房を恥ずかしげもなくさらけ出して、我の胸元に寄り添っていた


「(…包帯、を!)」


外されている

この肌を見れば業病であることなど一目瞭然であろう
第一に、我を知らぬものはそういまい。であるにも関わらず、この女は(事もあろうに自らも半裸となって)我を抱くとは正気の沙汰か

身をよじろうとして、はたと気がつく



我は戦場で不覚を付き、腹部を大きく切り裂かれ崖下へ転落したのだった

濁流に飲み込まれる最中、激しい痛みと絶望に歪んだ三成の姿を思い浮かべ、意識を奈落へと手放した

やれ、三成を残して死ぬか、と生を諦めたというのに


何故我は生きている
何故傷が癒えている


「(…天女か、ここはあの世か…?)」
「…ッ!ああ!」
「?!」


大きな声を出して女が大きく跳ねた。女はゆっくりと瞼を持ち上げて我を知覚すると、驚いたように目を丸くして口許を緩ませた


「お、起きましたね!」
「…ぬし、は」
「よかったー!」

ぎゅう、とまたきつく抱き締められて、不自然に心の臓が飛ぶ、女人の柔らかさを顔一杯に押し付けられて、柄にもなくどきまぎと


「や、やめやれ!」
「すっごく冷たかったんだもの!死んじゃったらったらどうしようって半ば賭けだった!だから…よかった、よかった…」

涙を絡ませた声で笑う
こんな女の力も振りほどけぬなど、我も落ちたものよ


「…やれ話を聞け!…包帯を、ぬしはわかっているのか?我は…」
「渋いお声ですね」
「ふざけよるな」
「肌のことですか?それなら大丈夫ですよ。私には感染りません」
「な、に」
「………なんのご病気かわかりませんけど、初めから持った病気以外なら私は治癒することができます。感染したものについてはすぐに治るのです、たぶん!」
「そんな婆裟羅は聞いたことがない」
「う、ちょっと特殊なんです。私ってば精霊だから」

口角をあげてにやりと笑ったその顔は、慈愛に満ちているようにも見えるし、何かに酔っているようにも見えた


白く傷ひとつない柔肌
あかぎれのない手指
つやのある美しい髪は短く切られてあちこちに跳ねていたが彼女にはよく似合っていた
空色に光る眼(まなこ)がまるで宝玉か何かのように煌めいて吸い込まれそうだ
胸元にある柔らかい二つの岳は黄金率を思わせるほど均等で整っており、その頂の桜色の蕾

つ、と我の顎を滑る指が小さく滑らかで、はぁと息が漏れた




我はこんな小娘に
欲情をしているのか




「…何か着やれ」
「え?わ!!そうだった!!きゃー見ないでください!!」
「もう遅いわ。ヒッ」
「あ!笑いましたね!もう…よいしょっと」


服を頭から被った女の姿に眉根を寄せた
珍妙な、しかし上質そうな柔らかい糸で織られた服は厚みがあって暖かそうだった
平民が着るようなものではないが、貴族豪族が着るものにしては身軽すぎて、何よりも見たことのないような服だった


「…随分と良い布よ」
「え?ウールですよ。2000円くらいのニットだし、しまむらクオリティですが」
「……………ここは異国か?」
「ごめんなさい日ノ本です安心してください。そうだ。お腹はどうですか?」


それよ


「完全に塞がっておるわ。…治癒の婆裟羅とは恐れ入ったわ」
「よかった。痛みますか?」
「いや」
「お腹空きましたよね?私お魚取ってきますから」


…履いている意味が果たしてあるのか。短い袴をさらにたくしあげ、二の腕まで袖を捲り、川に飛び込む女に頭が痛くなった





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