長編

□想い出を憎んでも
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日が迫っていた


何の日かと問われれば喜び勇んで答えよう。それは己が敬愛するお館様との久方ぶりの面会と鍛錬の日だ

戦も無く、落ち着いた日々が続いている今、気を抜くことなかれという計らいだ。
やはりお館様は聡明かつ偉大なお方だ。
この日ノ本の先を見据えている。


あのお方の築く未来を支えていくのが俺の唯一無二の夢だ

俺の心は常に好敵手の伊達政宗殿との再戦と、お館様と共にあることで埋め尽くされているのだが、そんな俺の心に入り込んできた者がいる



今から三日ほど前、突如として上田城の中庭に現れた、透き通った空のような瞳が印象的な先の世からやってきた女子だ




同じ齢の女性に会うこと自体が稀だが、彼女はその稀な会ったことのあるどの女性とも違っていた

静々とした雰囲気というよりかは快活で、大きく澄んだ声はよく響く
悲しければ涙をぼろぼろとこぼし、俺が無茶を言えば頭を叩き怒る

その彼女から『女』を感じることはあまり無く、無意味にどもったり、挙動不審にならず、彼女の側に居るのがあまりにも心地よくて
名を呼び捨て、あちこちと城下や城内を連れ回してしまっているの…だが


《好きだ》


『お…俺は…何て事を…』


あの時、話を聞いていない素振りを見せたごんべをからかってやろうと口を付いた言葉は愛を語るものだった

ずっと明後日の方向をみて呆けていたくせに、その言葉を掛けたとたんに振り向き
あまつさえ、その気持ちを肯定するような言葉まで


『…!!お館様!!弱い某をお叱りくださいませ…!!』

熱を帯び始めた頬を誤魔化すように頭を振り、勢いよく立ち上がった

立て掛けてある二本槍を持ち、鍛練場まで向かう
こんなときは、体を動かすに限るのだ


しかし、頭の中では彼女の笑い顔や困ったような顔、怒った顔が渦巻いて、胸はうるさく内側を叩いていた

早くこのもやもやとした気持ちを払拭しなくては
そう思い扉を開いた



『(…先客か?)』


そこには、青い袴と藤色の浴衣を着込んだ短い毛の人物が、細長い竹の棒を握りしめて俺に背を向けていた

一瞬誰かと思って身構えたが、うなじの向こう側に見える横顔から、今の今まで考えていた少女であると認識するとその警戒を解いた

『(袴を着ると、まるで俺らとは変わらぬ人に見えるな…)』


彼女は構造も織り方も読めないような不思議な着物をいつも纏っていたし、

足は何か黒い布で覆われてはいたがその輪郭をはっきりと見せつけ目のやり場に困ったものだった


『(まるで男子のようだ)』


あちこちにぴんぴんと跳ねる女子にしては乱雑に短く切られた髪の毛は彼女によく似合っていたが、今こうして男物の衣類を身に纏うと、まじまじと顔を見ない限りは男子に見える。

その中性的な雰囲気にまたどきりとして、しばらくその動かない背中を見つめていた


『はっ!』


今までで聞いたことも無いような真剣な声色と共に、彼女はその竹の棒を空へ振り下ろした
素振りというよりは流れるようなその仕草に思わず見入る
目の前に相手が居るように剣を流す姿は完成された舞を見ているような錯覚にさえ捉われた


足の擦る動きも、軽やかにしなやかに伸びる脚も腕も、凛と張り詰めたような横顔も美しく、今まで見ていた彼女が偽りだったのではないかと思うほどだった



カラン


思わず二本の槍を床に落としてしまい、その音に驚いた彼女はこちらの存在を確認すると袴の裾を踏みつけてその場に尻餅をついた


『ごんべ!!』
『あいたたた…幸村何、いつからそこに居たの?』
『そ、それは…』
『恥ずかしいじゃん…超体鈍ってるし…』
『そんなことは無い!そなたはとても…美しかった』
『えっ』


自分の言葉に『なんて破廉恥な!』と叫びだしそうになったが、それよりも彼女の頬が見る見るうちに赤みを増していく方に目を奪われた。

空色の瞳と桃色の頬のなんと愛らしい事か
このような顔を見せられては、先ほど『男子のようだ』と言った俺の言葉は虚偽のものではないのかと訴えられても仕方が無い


『あはは、お世辞どうも…』
『世辞などではない!』
『恥ずかしいことを大声で言わないでおくれ…』

世辞ではないのだ!見惚れてしまって声を掛けられずすまなかった!と詫びを入れれば、その空色の瞳を涙でにじませて顔を覆ってしまった。

泣かしてしまったのかとあわてれば、
『恥ずか死する…』とつぶやいていたので泣いてはいないようだった



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