長編

□ブランチタイム
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「俺の名前は前田慶次!」


盗賊たちがいなくなった後の小高い丘で腰をおろして自己紹介
この親切な青年の名前は前田慶次と言うらしい

「私は…えっと、ごんべ…」

「へえ!ごんべちゃんね!かわいい名前だな」


とっさに名前だけ名乗ってしまったが訝しがられてはいないようだ

たしか、戦国時代では氏を持つのは名のある豪族かそれなりの身分のある者だけらしいから

とするとこのイケメン親切兄さんは、やはり【あの】前田慶次なのだろう

やっぱタイムスリップかよーーーっべえなーーーーーと叫びたい気持ちをぐっと飲み込んで
空を見上げた。山奥に住んでいるとはいっても、こうも何も無い場所ではない

現代日本に住んでいたなら、ここまで何も無い草原なんて見つけるほうが難しいんじゃないだろうか

ぐうううう

…物思いに耽ろうと感傷的になった私をさておいてこの腹の虫である

じろっと隣にいる前田慶次を睨み付けると、あははは!と豪快に笑いながら自分の腹を叩き始めた


「久しぶりに暴れたら腹減っちまったよ!夕餉まではまだ時間あるのになあ」

「まだお昼時ですもんね」

「そうだな!…何やってんの?」


ランチバックのビニールを解く私を興味深く見つめる前田慶次。

チップロックの中に包まれたサンドイッチとおにぎりをいくつか取り出して
すっと差し出すと、びっくりしたような顔をしていた

「あげます」

「ええ!?なにこの透明な布!ガサガサしてるし…中に入ってるのはお結び…かい?」

「あ、そうか。ラップとかビニールとか珍しいかそりゃ」

「???」

「いえこっちの話なので。それより中に入ってるの私のお弁当です。助けていただいたので、その…お礼といっては何ですが」


有り合わせだし、本当になんなんだけれども…と思いながらちらりと様子を伺えば
器用にラップをはがしてすでにおにぎりを口に含んでいた

「えっ!?早!?」
「うん!うまい!」

ホントにこれうまいよ!と目をキラキラさせながら私に満面の笑みを見せる前田慶次
世間一般の女の子が握るおにぎりよりも大きく丸く握られたそれを豪快にほおばる姿は
部活後のお腹をすかせた学生さながらで、
なんとなく高校時代を思い出して思わず笑ってしまった

「ふふふ…」

「なんだろうこれ、肉?食ったこと無い味だなあ」

「それはシーチキン…じゃわかんないか。鮪と、卵を発酵?したものを混ぜたものです」

「えー!?鮪も卵も貴重なんだぜ?!俺卵なんか2回しか食ったことねえよー!」

「え?そうなんですか?(あちゃー、卵って言うのは伏せたほうがよかったかな)」

「感激だなー。人助けはするもんだってね!…で、俺の顔に米粒でもついてるかい?」

私があまりにもニヤニヤしていたからだろうか、
ずいっと私のほうに顔を寄せて前田慶次もにやりと意地悪く笑った

「ごめんなさい、なんかちょっと学生時代を思い出して」

「がくせい?」

「えーっと…て、寺子屋?みたいな感じで…説明が難しいな…」


現代の学校と戦国時代の寺子屋とじゃあずいぶん様相が違うんだろうけど
懐かしいなあ、私は勉強なんかそっちのけで部活にいそしんでいて
部活のメンバーもみんな個性溢れて大好きだった
その中でも彼は―…


かれ?


「…おい、おい!」
「!」
「大丈夫か?顔真っ青だぞ」


前田慶次は心配そうに私のことを覗き込んでいた。

何だろう、一瞬【彼】の顔が思い浮かばなくて、サッと体中が寒くなった

声を掛けられて落ち着いた思考を取り戻せば、鮮明に【彼】の顔や声が脳裏に浮かぶ。

何だったんだろう、今の
まるで、頭の中に霧がかかる。だなんて生易しいものなんかじゃなく

【彼】の顔だけ塗りつぶされてしまったようなそんな感覚だった 

「だ、だいじょうぶです…」
「って顔じゃねえぞ?…よし。嬢ちゃん立てるか?行くぞ」

前田慶次は私よりも早く立ち上がり、私のランチバックを抱えて手を差し出した

行くってどこへ?と尋ねれば、具合が悪いのなら今泊まっている宿があるからそこで休もうと言われてしまった


いや、それは無理だ、困る


私は明日も仕事があるし、さっきの洞窟に行って、来た道を帰らなければならない

それに、変にこの時代の人間に私の姿を見られたくは無い
ハイキング使用のため、靴は歩きやすいトレッキングシューズだし、
デニムのショートパンツにスポーツレギンス。
上だけはお気に入りのロングニットという
超現代っ子ルックの為、奇異の目に晒される事は間違いない
(前田慶次はあまり気にしていないようだが)

「いや、そんな結構です。私…」
「いーから!気にすんなって!」


腕を引っ張られて立ち上がると、私の視界はぐにゃりと歪んだ

赤や青、紫色にチカチカと光ったかと思うと、そのまま私はその場に崩れ落ちて意識を手放した



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