短編

□甘いのは好きじゃない
1ページ/1ページ


一体いつから2月14日の今日という日は、女性が意中の男性にチョコレートを贈る日になったのだろう。

商店街やデパートはどこもかしこも可愛くラッピングされたチョコレートが並んでいて、数人の女性グループやカップルがそれを品定めしている。

むせそうになるほど甘ったるい匂いに、わざとらしい咳払いをひとつ落とした私に、すれ違ったカップルの視線が突き刺さる。


別にいいじゃないか。バレンタインにたったひとりでアーケードを歩いていたって。



ひどくドライな性格の私は、クリスマスやらなんやらの恋人と一緒に過ごす特別な日というのが鬱陶しくてたまらなかった。


別に会いたければ会いにいくし
会いたくなければたとえ聖夜だろうがバレンタインだろうが会わない。断固として。

こんな難アリな性格のためか、私にはここ数年恋人というものがいない。
躍起となってほしがるものでもないから、どうということはないのだが、カップルたちの視線を感じるとどうにも悲しくなってくる。


一応年頃の女の子なのだから、手加減して欲しいものだ。

フレンチのレストランの看板が、いつもより気合を入れてピンクのチョークでメニューを彩っている。

だからなんだという話だが


「あーもーカツ丼食べに行こう。カツ丼」


私の大きな独り言は、キラキラしたイルミネーションで飾られたアーケードによく響いてしまった。
かわいそうな独り身女の卑屈な独り言だと思われただろうか。


「カツ丼は無いだろうが貴様。」
「……ナンパはお断りなんですけど」
「お前みたいな女らしくない女にナンパなどするか。」
「くそ三成さんくたばれ」


大きな紙袋を抱えた三成さんは、相変わらずの鋭い眼光で私を射抜く。
頭の上から下まで私をじろじろと見たかと思うと、はあと大きなため息をついた。


「…貴様一人か」
「見えませんか?私の隣にもうひとり女の子がいますけど」
「やめろ!!その手の話は!!」


顔色の悪さは幽霊に匹敵するほどの白さの三成さんは、こういう時は私よりもよほど女の子らしい。
しきりに私の左側を気にする三成さんを無視して歩こうとすると、ぱしりと私の左腕を掴んだ。


「何ですか三成さん」
「……手を出せ」
「三成さんに掴まれているんで出せません。」
「右手が空いているではないかァァァァァ!!!!」
「……何ですかもう」


しぶしぶ左手を出すと、なにやらピンク色のハートがたくさん散らばったビニールのラッピング袋にくるまれたお菓子のようなものを手渡された。

意図が読めずに三成さんを見上げる。
すると三成さんは幽霊のような顔を真っ赤に耳まで染め上げて、金魚のようにぱくぱくと口を動かしたかと思うと踵を返して走っていってしまった。

あ、と声をかけようとしたが、三成さんの体はバネのように躍動し、ぐんぐん遠ざかっていってしまう。

ラッピングのリボンについたメッセージカードに書かれた私の名前。
全然似合わないピンクのインク。

お菓子を小脇に抱えて、両手でメガホンを作る。
大きく息を吸い込んで、お腹の底から声を絞り出した。



「三成さーーーーーーーーん!!!」
「?!」


アーケード内のカップルや家族連れが私たちを見ている。それはもう痛いくらいに
でも私は伝えなくてはいけない。
バレンタインの。おそらくチョコレートをプレゼントしてくれた彼に

今すぐに伝えなくてはいけない。


「三成さん!!私!!!!」


甘いものは好きじゃない
(三成さんはまたバネのように私に駆け寄り)
(強烈に私の頭を張り倒した)



――――
バレンタイン短編

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ