短編

□生きとし生ける
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生きとし生ける全てのものへ


そんなような歌詞の歌を歌っていた歌手がいたのを朧気に思い出す
柔らかな歌声に、不思議な旋律とほんの少しの毒を滲ませる。
その年の流行を考えれば物珍しいそれは、当時嫌にもてはやされていた

私はといえば、今はもう遥か彼方

手を伸ばせども届きはせぬ、
そんな世界とは確実に切り離された世界でぼんやりと生きている。
歌もこちらの時代では音階からまず違う。同じ日本だけれどまだ文化の時代に慣れるのは難しい(文化というよりは時代の違いか)


「ごんべ殿ー!!」


なんて堅苦しい呼び方だろうか。
こんなふうに私を呼ぶのは彼しかいない。
そう、この場所で私を拾ってあの城に連れていった真紅が息を切らして私の肩をつかんだ

「驚くではないか!いきなりいなくなっては困るでござる!」
「ごめん。空が見たくて」
「空なら城からでも」
「違うの。森から見たかったの」

注ぐ光と影
うん。嫌に懐かしい

忘れかけていた記憶の断片と断片が繋がりあの歌を形成していく。
例にも洩れず私もあの歌手が好きだったからね。あの歌のような情景を、この目で見られるとは思っていなかった


「きれいでござるな」
「うん。きれい」
「ごんべ殿」
「なに?」
「きれいで、ござる」


かちりと合わさった薄い茶の瞳が、私と混じり合った。
月明かりに照らされた真紅の顔は、それにふさわしいほど耳まで真っ赤に染まっていた。

微かに震える唇に、妙ないとおしさを覚えて、しかしふっとその真紅に影を落とす

自嘲


『僕は君が思うような人間じゃない』
「は…?」
「ううん」

どうにかなるさとここまでずるずるとここで生活してきてしまった

頬を撫ぜる夜風は、涙を流したとしてすぐにさらっていってしまうほどに冷たい

真実は悲しいほど勝手なものだ。まさにその通りだと、私は小さく呟いて、真紅の腕をとり、キツく抱き締めた

あたふたとした動揺が腕を伝わるのを感じた。すっと目を細め、そして閉じる


「某…は…ごんべ殿を…お慕い申しておりまする…」


なんて嬉しいことをいうのだろう
もとの時代に恋人なんていなかった私には、好き好かれなんて浮いた話はなかった。

彼の優しさは私に心地いいのは確かな『真』だ


「某と…共に…生きてはくださらんか?この時代で、二人で生きてはくださらんか?」


彼の言葉を、私の鼓膜が傍受する。
最上級の美しい微笑みを称えて、ええと返事をすると、
歓喜に濡れた瞳が迫る
ただ触れるだけのキスを落とされて私は



ささやかな『嘘』をついた



生きとし生ける者へ

(雨の日の歩道橋から身を投げて、最後に見たのは私自身の真紅だった。)
(あの時代で私は確かに生を失い、そしてこの時代で私は生きているふりを続けているのだ)
(僕は君が思うような人間じゃない)
(もはや僕は人間じゃない)





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森山直●郎







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