風がつよくなった
□第7話 かわいい桃色と春
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「ななし先輩〜…相談乗ってほしいんですけど…今時間イイですか?」
「いいよ。どうしたの?」
ゆかりちゃんが訪ねてきたので部屋に入れることにした。ちょうど美鶴からもらった紅茶を入れているところだったので振舞うと、「いいんですか!」と嬉しそうに口を着けていた。先輩と呼ばれるのは少しこそばゆいが悪くない。
「実は…ペルソナの召喚なんですけど。」
「ああ。怖い?」
「はい…わかってても、引き金弾くのがすごく…怖くて。」
彼女の反応があまりに正常でほっとする。わたし含めた4人はやっぱりちょっと特殊だったと思わざるを得ない。時間は22時。影時間までは少し時間がありそうだった。
「今日一緒に召喚してみよっか。わたしもついてるし…ひとりだったら怖いかもだけど、人がいたら少しはマシ…かもでしょ?」
「ななし先輩ホント…天使です…。」
お茶を飲みながら影時間を待つことにした。
彼女は…10年前の事件が原因で父親を亡くしているらしい。それが理由で、事件の火種になった桐条グループにはあまりいい思いを抱いておらず、美鶴ともどう付き合っていいのか悩んでいるようだった。
「今無理に仲良くしようとしなくてもいいよ。でも美鶴は美鶴でグループの事件に関して関わっていることもないだろうし…そこはおいおいわかってもらえたら嬉しいな。」
「はい…ななし先輩といるときの桐条先輩見てると、悪い人じゃないんだなって…そういうのはなんとなくわかるので。」
ゆかりちゃんのペルソナが胸の中で静かに鼓動している。早く彼女に会いたいのか、はやる気持ちが隠し切れないといった感じでドクドクしていてかわいらしかった。
「ゆかりちゃんは2年生から寮に?」
「えっと。はい。ちょっと…家にはいづらい事情もあったのでちょうどいいかなって。」
「そうなんだ。」
取り留めのない話をしていると、ふとゆかりがじっとわたしの目を見つめ始めた。
美鶴とは系統の違うかわいい女の子にこうも見られると少し気恥しい。
「な、なに?」
「ななし先輩って…きれいですね。」
「わたしが…?」
「はい。桐条先輩の綺麗とはまたちょっと違うんですけど…なんというか、透き通ってて。」
口説き文句みたいなことを言われて気恥しいが、褒めてくれているのなら「ありがとう」と返事をするべきだろう。実のところ、わたし自身も今の自分は見慣れていない。腰まで伸びた髪に真っ白な肌。眠り姫をやっていると影響が出るものだと苦笑した。
「あ…もうすぐ影時間ですね。」
「そうだね。だいじょうぶ。横にいるよ。」
部屋の照明が落ちて、月明かりだけが部屋の中に入り込んでくる。彼女が召喚器を前にして汗をにじませた。怖がる彼女の背中を撫でながら、子供にそうするように小さく歌を聴かせた。それはいつか真次郎くんに聴かせたあの歌だ。
「その歌……」
セイレーンが彼女に温かい命を吹き込む。
ゆっくり彼女と意識が繋がっていくのがわかる。怖がっているのは彼女の奥にいる小さな姿で、「お母さん…」と泣いているのが分かった。
「怖くないよ。」
わたしが彼女の頭を撫でると、ゆかりちゃんの瞳から幾筋も涙がこぼれた。そして、意を決したように引き金を引いた。
彼女の目の前で浮遊するペルソナ…「イオ」は優しいまなざしでゆかりちゃんを見つめている。
「これが…私のペルソナ…。」
「綺麗だね。」
ゆかりちゃんはイオに触れようと手を伸ばす。
しかしすぐにその姿は彼女の中に隠れてしまった。初めての召喚で負担がかかったのか、ゆかりちゃんは眩暈を起こして壁にもたれた。
「ちょっと疲れちゃったね。」
「はい…でも…よかったです。ちゃんと…召喚出来て。」
ゆかりちゃんの頭を撫でると、嬉しそうにこちらを見て笑ったので、また先ほどそうしたように歌を歌って聴かせることにした。ゆかりちゃんは音に身体をゆだねて微睡んだ。セイレーンの声が心なしか弾んでいる。ひさびさに一緒に歌うことができて、わたしもとても、嬉しかった。
――――――――――――
夜、なんとなく寝付けずにラウンジに降りた。自分の部屋ももちろん落ち着くが、こういう時は広い空間に一人でいる方がいい。もうすぐ…0時。影時間だ。
ぼうっと灯が消えるのを待って、そのうちに世界は暗闇に包まれた。
忌まわしい時間だと美鶴たちは言うが、わたしはこの誰にも認知されない時間が好きだったりする。…口が裂けても彼らには言えないのだが。
目を閉じて鼻歌を歌っていると、ふと、部屋の中に自分以外の誰かの気配を感じた。
…誰かがラウンジに降りてきたのだろうか。そう思い目を開けると、見知らぬ男子生徒が私を見つめてぼうっと立ち尽くしていた。
「…だれ?」
「あ…えっと。ここに今日から入寮する…結城理…って言います。」
「入寮…そんな話…。」
「誰っ!?」
ゆかりちゃんの緊張した声がラウンジの中に響いた。慌ててわたしの前まで躍り出た彼女は、ホルスターにしまった召喚器をまさに構えんとしたとき
「まて!岳羽!」
美鶴の鋭い声が被せるように響き渡った。
刹那、灯がラウンジに灯って、影時間があけた。……あれ?彼は、影時間の中で…わたしと会話をした…?
「遅くにご苦労。色々と…すまないな。入寮に関しては理事長から聞いている。今日はもう休むといい。」
美鶴が彼を部屋に案内してすぐ、わたしのもとにやってきた。ゆかりちゃんも訝しそうな表情で美鶴の説明を待っている。
「彼は編入生…岳羽。お前と…あとななしの同級生に当たるな。他の寮に空きがなく、仕方がないのでこちらの寮に入ってもらった。」
「そんな…いや、でも…あの人…影時間に…。」
「ああ、象徴化されていなかったな。………それに関しては理事長も含めていろいろ…調査してみる必要がある。ふたりとも…まだ彼にはこのことは内密にな。」
それだけ告げると、美鶴は部屋へもどってしまった。まだいまいち納得できていなさそうなゆかりちゃんは、彼女の言動の中にもうひとつ、不可解な単語を覚えてわたしの方に振り返った。
ははは、と乾いた笑いを漏らして、それに返すことにする。
「わたし、二年生やり直しになっちゃった。よろしくね。」
「あ…休学してたから…ですか?」
「そう。だから、先輩とか敬語とか…変になっちゃうでしょ?友達っぽく接してくれたらうれしいな。」
「え…何それ!うれしい!」
ゆかりちゃんはさっきまでの険しい顔を引っ込めて、はしゃぎながら私の首に抱き着いてきた。彼女から呼ばれるななしという響きは、彼らとは違ってまた新鮮だった。