風がつよくなった

□第3話 不埒な夢よ舞い降りて
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「ななし。準備はどうだ?」
「美鶴ごめんね。おまたせ。」


部屋の前にいた美鶴と合流し、二人でラウンジまで降りる。新品の制服に身を包んだ四人は、なんだか背伸びをしているように見えてくすぐったかった。

「ななし。よく似合ってるな。」
「美鶴もかわいいよ。なんだかもう上級生みたい。」
「フ…誉め言葉として受け取っておこう。」


美鶴は恥ずかしそうに髪をかき上げていた。同性と親しく話すことはあまりないと言っていたのは本当のようで、わたしと話すときは本当に嬉しそうだった。

荒垣くんと真田くんはまた後ろの方で小競り合いをしていたが、美鶴はまったく無視してわたしに昼休みは一緒に食事を、と言っている。
まだこのメンツで過ごすようになって日も浅いが、「いつものやりとり」を感じられるようになったのはわたしにとっても嬉しいことだった。



「あれが月光館学園だ。」


美鶴が指さした先にかなり大きな校舎がそびえたっていて息をのんだ。わたしがかつて通っていた中学校とは規模感が全然違う。…高校と中学だと違うものなのかもしれないが。


「わたしとななしは同じクラスだ。理事長に取り計らってもらった。中学も最後の年はあまり登校できていなかったと聞いているから、学園生活のサポートは私に任せると言い。」
「心強いな。ありがとう美鶴。」
「何。気にするな。」


教室の中に入ると、ざわざわしていた教室は一瞬静まり返った。私たち二人のことをじろじろと見る視線は少し居心地が悪い。

美鶴は「桐条グループ」と呼ばれる財閥のお嬢様らしく、この学園の投資にも大きくかかわっているとかで一目置かれるのはわかる。
そして、そんなビッグネームと一緒に登校している一般人のわたしが物珍しくてしかたないのだろう。


そんな視線には慣れっこな美鶴が「ななしの席は私の隣だな」と嬉しそうに言った。


ひそひそと小声で繰り出される噂話にはあえて耳を貸さないようにして、始業式とホームルームを乗り越えることにした。



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「さっそく真田くん、大人気だったね」
「笑い事じゃないぞ。あんなにたくさん女子に囲まれるのは心臓に悪いし、そもそもギャーギャーうるさくてかなわん。」
「その横にいる俺の立場にもなってみろ…。」



屋上で4人で昼食をとることにしたが、ここに来るまでが本当に大変だった。
真田くんにはあっという間に女の子の取り巻きができていて、「一緒に食事しよう」だの「メルアド教えて」などすごいものだった。

美鶴の鶴の一声(おやじギャグではない)がなければ、きっと昼食の会場にたくさんのギャラリーが存在していたことだろう。


「桐条。なんでお前だけごんべと同じクラスなんだよ」
「何かあったとき全員が欠席になるのを避けるために分散させてまでだ。ななしもお前らより私と一緒に行動した方が良からぬ噂を立てられなくてすむだろう?」
「ぐ…。」


一瞬で言い任されて肩を落とした荒垣くんが少しかわいくて小さく笑うと、「笑うな」と小突かれた。真田くんはさきほどの女子たちの猛攻に消耗しているのか、あまり食が進んでいないようだった。


「なあ、今夜タルタロスの潜入、試みてみるのはどうだ?」
「タルタロス?」
「ななしにはまだ話していなかったな。この学校…月光館学園は夜になると姿を変えるんだ。影時間の影響でな。」


美鶴は少し険しい表情でシャドウの巣窟…タルタロスについて説明し始めた。
この学園がそのようなダンジョンに姿を変えるようになったのは今から7年ほど前のことで、潜入を試みたことはいまだ無いそうだ。

先輩だとばかり思っていた真田くんも荒垣くんもペルソナ使いになってまだ日は浅いらしく、4人になった今攻撃のサポートもできるわたしを引き連れれば潜入が可能ではないか?と提案したようだ。


「しかし…まだお前たちも実戦経験は少ない。いきなり挑むには少し心もとない気もするが…。」
「タルタロスの入り口には理事長にも来てもらって、美鶴はナビに回ってくれたら後は俺たちでどうにかするさ。もちろんごんべのことは俺たちで守る。」
「ななし。キミはどう思う?」



どう思う、と問われても…
と一瞬考えたが、今やわたしも戦いのパーティの一員だ。丸投げになるのは責任感が無さすぎる。う〜んと顎に手を当て思案してみることにした。


「確か…いくつかの階層に分かれてるんだよね?だったらごく浅い階層を試しに入ってみるのは?すぐに引き返せるように。まだ自分達じゃ危険だと判断したら深入りせずに退却するなら、潜入はアリだと思うけど。」
「…ホントお前、時々大人みたいな喋り方するよな。」
「…美鶴ほどじゃないと思うけど。」
「いや、ななしの言うとおりだ。今回の潜入はデモンストレーションだ。少しでも今の自分に力不足を感じたら撤退だ。理事長にも話しておく。」



昼休みの終わりを告げる鐘がなり、めいめい教室に戻ることになった。
道すがら、「なんかこういうの、部活みたいだね」とわたしが言うと、美鶴が振り返って言った。


「なるほど。確かにそうだな……よし、シャドウ討伐の時間は「課外活動部」の時間というふうにしよう。」
「いいな。それなら学校の中でも話しやすい。」


何とはなしに言った独り言だったが、思いのほか好意的に受け取られて恥ずかしくなった。思えば、こんなふうに友人と学校で食事をとるなんて何年ぶりだろう。あの頃は退屈だったはずの授業や先生の脱線気味の話なんかが全て新鮮で面白いもののように感じた。



あっという間に放課後。
そういえば、部活動の募集もかかっていたが…プリントを眺めてすぐにクリアファイルにしまった。今の自分に学問と戦闘以外に掛け持ちできることはないだろう。
…他の三人はどうだかわからないが。


「ななしは部活動はどうするんだ?」
「えっ、美鶴、部活入るの?」
「ああ。実戦の役に立つかと思ってフェンシング部にな。一緒にどうだ?」
「フェンシング……。」


そういえば初めてシャドウに対峙したとき、美鶴はレイピアのようなものを持っていた気がする。
わたしが細い剣を相手に突いているイメージが全くわかず、「考えておく…」と答えた。


校門には二人が私たちが来るのを待っており、真田くんはボクシングで使うグローブを嬉しそうに私たちに見せてきた。すごい…この二人はナチュラルに三足のわらじを履こうとしているんだ…と思うと素直に感心した。



「荒垣くんは何か部活するの?」
「アホ言え。シャドウ相手に戦ってんのに余計疲れるような真似わざわざしねえよ。」
「あはは。わたしも同じ。よかったよ。二人が普通に部活入るからびっくりしちゃって。」
「桐条はともかくアキは筋金入りの脳筋だからな。身体動かしてたほうが調子がいいんだろ。」


行きとは違い、荒垣くんと肩を並べて帰路に就く。彼の纏っている空気は美鶴とはまた違った大人っぽさがあって居心地がいい。
無理に色々喋ろうとしないところも好感が持てた。
教室でどんなことがあったのか、ぽつぽつと話しているとふと「お前は合唱部とカに入ると思ってた」と言われた。


「歌、歌うから?」
「まあな。なんとなく。」
「……わたし、あんまり人前で歌いたくないの。」


投げ捨てるようにそう言ったわたしの言葉に少し驚いたような表情を見せた彼は「なんで?」と遠慮がちに聞いてきたが、すぐに「言いたくないなら別にいい」と言って話をすり替えた。


彼らになら話しても別に構わないくらい小さな理由ではあったが、今はその好意に甘えることにした。どちらにしても今日の夜、彼らのサポートをしながら歌うことになるのだ。


今日の0時…影時間のことを思うと、身の引き締まる思いになって掌を強く握り込んだ。




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