風がつよくなった

□第2話 苦難の粒が残るでしょう
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「今日は実際に影時間を体験してもらおうと思う」

美鶴の言葉は少し冷たく固くこわばっていた。
ここ数日、わたしは自分の身体の消耗を回復しようと0時前には眠りについてしまっていたので《影時間》を起きて体験していなかったのだ。真田少年と荒垣少年は緊張しているわたしの背中をぽんぽんと叩いて励ました。


「お前は覚えていないだろうが、一度影時間を体験してるからな。今度はしっかり記憶にも残るはずだ。」
「最初の召喚はビビるもんだから無理すんなよ。」

2人の気遣いが胸に沁みる。
わたしは小さくうなずくと、召喚器をにぎりしめた。

時計の針の音が嫌に大きく聴こえる。
かち、かち、かち…
長針と短針が重なり合うと、途端に部屋中の明かりが落ちてしまった。
あたりは緑色のような、深い藍色のような不思議な色味に浸食されていて、ごくりと生唾を飲み込んだ。
これが…《影時間》

三人の視線を感じながら、わたしは召喚器をじっと見つめた。
これを…自分の頭に…引き金を引いて…?

迷いと恐怖を感じていると、突然美鶴がバッと顔を上げた。脂汗をにじませて何かの気配を探るようにあたりを見渡している。

舌打ちの後、美鶴は召喚器をこめかみにあてがうと引き金を引いた。


彼女の真横に現れたそれ《ペルソナ》を初めて見て、思わず後ずさる。荒垣少年がわたしの肩を支えた。


「この反応は……シャドウ?市街地に一体、少し大きい反応がある!」
「なんだと?!」


真田少年が瞳を輝かせる。
刹那扉が開くと、幾月理事長も肩で息をしながら私たちに事情を問うた。
普通は街の方にシャドウが現れることはないのだそうだが、例外が起きてしまったと困惑した様子で告げる美鶴の言葉に被せるように「はやく!今日はペルソナ使いが4人もいるんだぞ!」と真田少年が叫んだ。

幾月理事長は少し悩んだ様子ではあったが「やむをえまい」と私たちに現場に行くように指示した。


真田少年は我先にと駆け出していき、美鶴はそれを咎めるような声を上げて彼の後を追いかけていく。わたしはどうしたらいいのかとおろおろするばかりだったが、荒垣少年がそっとわたしの手を握った。


「俺が付いてる」


その言葉がどこまでも優しくて、不安でいっぱいだった心が少し溶けていくのを感じた。
ともかく、今は敵−−シャドウのせん滅が何より優先事項だ。


全力で走るのなんて、一体何年ぶりだろう。
荒垣少年に手を引かれながら、わたしたちは市街地まで走った。




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思えば目を覚ましてからずっと寮の部屋に閉じこもっていた。初めて見る外の世界は記憶の中にあるどんなものとも合致しない。
わたしの歩幅に合わせるように走ってくれる荒垣少年に聴こえないように、「ほんとに…知らない街だ」とつぶやいたつもりだったが、どうやら彼には聞こえてしまっていたらしい。


「お前、巌戸台に住んでたわけじゃないのか?」
「あ…うん。わたしがすんでたのは東京の…練馬区の方」
「練馬…随分遠いな」
「うん。このへん巌戸台って言うんだ。来たことなかったな。」


彼は息を切らしながらそういう私の言葉を待っていたが、やがて立ち止まってわたしに背を向けた状態でしゃがんだ。


「え…えっと…?」
「お前を背負って走ったほうが速い。乗れ。」
「え?!で、でも…。」
「いいから。転ばれて怪我でもしたらその方が面倒だろ。」


身体は若いころに戻っても、もともと体力は少ない方だったなと恥ずかしい気持ちを抱えながら彼に背中に身体を預ける。
少年とは言っても彼の身丈はかなりあるようで、当時の小さなわたしを抱えることなど造作もないようだった。

熱を持ってあたたかな彼の背中は走っているからかどくどくと速く心臓を高鳴らせていて、それが戦いに赴く前の武者震いなのか、恐怖によるものなのかはわからなかった。



「ようやく着いたな!遅いぞ!」
「お前らさっさと行くんじゃねえよ」


目の前には見たことも無い黒い影の大きな生命体が蠢いていた。妙な仮面を着けたそれは、ないはずの目をこちらの向けて大きく脈動した。そして咆哮を上げた。


「弱点は雷と打撃だ。二人が適任だろう。ななしは私の側に!」
「腕が鳴るな。行くぞシンジ!」
「足引っ張んなよアキ!」


美鶴が私を背中に隠す。
2人は彼女がそうしたようにこめかみに銃を突き付けて引き金を引いた。
彼らの真後ろには対をなすようなふたつのペルソナが顕現した。


魔法のような力がその場を制圧する。鳴り響く来光と、打撃音。夢物語か何かのような異様な光景がわたしの視界を奪った。
美鶴は飛来する攻撃を剣で捌きながらなんとか私を守っているようだった。


胸の奥があつい
いますぐ叫びだしたいと願う私の《ペルソナ》内側をひっかいているようだった。
この場でお荷物になるのは命の危険がある。
わたしは、意を消して額に銃をあてがった。


「来て…セイレーン!」


彼女の名前がわたしにはわかった。
貫かれる銃弾に痛みは感じない。
ただ、弾かれるように私の頭から現れたそれは、見覚えのある姿をした――ペルソナだった


「わ…たし…?」


わたしだ。紛れもないわたしの姿をした、金色の羽と髪を纏ったペルソナは、身体の周りに音の熾烈を作り、わたしの身体に熱を送り込んだ。


慣れた音がする。
低く、身体を這うビート
低い地鳴りのようなベースの音があたりを支配していく
喉の奥から弾けるようなリリックが飛び出すと、それは光へ形を変えて浮遊した。



「…あれが、ななしのペルソナ…?!」


美鶴が驚いたように浮遊するわたしとセイレーンを見つめた。
何度も歌った慣れた音がわたしの身体を駆け巡り、また彼らの身体にも流れ込んでいくのがわかった。沸騰するような熱い血が命を循環させていく。荒垣少年と真田少年は命の奔流に身体を震わせていた。


「すごい…力が湧いてくる」
「あいつ、サポート系のペルソナか!」


少年たちは目を合わせて武器を構える。
命の波はシャドウに良くない影響を及ぼすのか。まばゆいまでの光に目をくらませていた。その隙をつくようにして二人が懐まで滑り込むと、振り上げた武器のぶつかった瞬間塵のように弾けていった。



ほとばしる生命力にその場にいる誰もが汗を滴らせていた。それを乱暴に拭った真田少年は。浮遊を終えて地面に降り立ったわたしの肩を強くつかんで揺さぶりながら興奮気味に言った。


「すごいぞ!今まで攻撃のサポートをするペルソナ使いはいなかったんだ!これからもっと戦闘が楽になる!あんな感覚は初めてだ!」
「え、あ…えと…」
「明彦!あまり揺さぶるな!彼女はあれが初めての召喚だったんだぞ!消耗している!」
「あ、ああ…悪い…」


真田少年がそう言って身体を離すと、わたしの身体はぐらりと地面に倒れた。
すかさず支えた荒垣少年の身体も熱いくらいの熱を持っていたが、反して冷たく冷え切ったわたしに気が付くとぎょっとしたような表情を見せた。


「すぐ寮に戻るぞ」
「ああ。初陣にしては張り切りすぎたようだな。」


行きにそうしてもらったように、荒垣少年に抱えられながら、わたしはゆっくりと意識を手放していった。










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