風がつよくなった

□第1話 きみと
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目が覚めると、知らない天井が広がっていた。
頭が沈んでいる枕は少し硬く、眼球だけを動かして辺りを確認してみても自分以外には誰もいないようだった。
体を起こしてみると、ズキンと頭が痛んだ。

簡素で小さな部屋だ。
特にインテリアなども置かれていない。
生活感のない6畳程度の部屋で意識を何とか手繰り寄せていると、バタバタと足音らしいものが近づいてきた。
扉がいささか乱暴に開かれる。
目の前には中学生か高校生くらいの男の子が二人。緊張したような面持ちでベッドで身体を起こしている私を見つめていた。


「お、おい…お前が先に部屋に行こうって言ったんだからなんとか言えよ」
「あぁ?…なんとかって…言われてもよ…」


もごもごとこづき合いながら今更打ち合わせをしている様子がなんとも幼くて、ここは私の方から事情を問うのが大人の責任だと感じた。
あの…と声を絞り出したが、緊張が伴ってかいつもより高くうわずった声色になってしまい少し恥ずかしかった。


「ここは…?あなたたちは誰?」
「あ、あぁ、すまない。えっと…」


短髪の少年がモジモジと頭をかいていたが、あとから追いかけてきた足音がこの場の沈黙を取り持った。
顔を覗かせたのはずいぶん顔立ちの整った少女で、彼女も彼らと同じく中学生か高校生くらいのように見えた。


「なんだ…いの一番に走ったくせに、恥ずかしがってだんまりとはな。」
「み、美鶴!」
「すまないな。こいつら、女子にはあまり免疫がなくてな。」


女子…?
この場で女子と呼称できそうなのは今「美鶴」と呼ばれた彼女だけのような気がするが…。
昨今アラサー女子なんて妙な言葉も流行り出してはいるが、わたしはもう女の子と呼ばれるような年齢感でもない。

困ったように小さく笑って誤魔化すと、彼女はベッドの横にある椅子に腰掛けた。
相変わらず後ろで少年たちは戯れあっていたが、そんなものに意を解さず真剣な表情で問いかけられる。


「単刀直入に聞こう。キミは昨日の夜…0時付近のことは覚えているのか?」
「昨日…0時?」


何の意図のある質問なのだろう。
首を傾げるが、彼女の表情は至って真剣だ。
昨日の0時、自分はどうしていただろう。
いつも通り自宅でパソコンに向かって仕事をしていた。好きなYouTuberの動画を垂れ流しながら、無心で筆を動かして、春のイベントに間に合わせるために歌詞を書いて、
ビートを確認して、喉が渇いたからコンビニに飲み物を買いに行こうとして…。


「あ、あれ、わたし、扉を開けて…それから…。」
「………はぁ、ダメだな。記憶が混乱している。」
「シンジの時と一緒だな。」
「はぁ?!今言う必要あったかよ!」


彼女たちは今何の話をしているんだろう。
わたしはとにかく今の状況を飲み込もうと必死だったが、次に飛び込んできた言葉にさらに意識を混ぜられてしまう。


一日は24時間ではなく
その時間を生きる化け物がいること
そして、それを討伐する力を持つ人のこと
まるでゲームか何かの設定を話されているようで現実感が全くない。

呆然としていたのを気取られたのか、彼女は肩をすくめて謝ってきた。彼女が謝る必要などどこにもないのに。


「それで、だ。キミも、我々と同じ力を有していることがわかったんだ。」
「え、ペルソナ…ってこと?」
「ああ。キミは我々のように攻撃に特化しているという感じでもなかったのだが、あの一瞬ではどのような力を持っているかまでは少し分からなくてな。影時間がきたタイミングでこれを…使ってみて欲しい」


彼女が私に手渡したのはずっしりと重たい銃のようなものだった。
形が独特で安全装置も見当たらないところを見るに本物の銃ではないことがわかる。
これをどのようにして使うのか、説明を受けなくてもなんとなくわたしにはそれがわかった。


「…身体に危害がないとは言え、初めての召喚は不安なものだ。その時には誰かを必ずそばに置いておく。」


全ての説明を終えた彼女は満足そうに部屋を後にした。
残された少年とわたしは何とも言えない表情で見つめ合っていたが、そのうちの1人…すこし髪の長い少年がぼそりと言った


「腹減ってるだろ。ずっと寝てたからな。何か作ってやる。」


そう言うとこのいたたまれない空気から抜け出そうとしたのか、速足で部屋から出て行ってしまった。
髪の短い少年は、まだもごもごとしていたがややあって「真田明彦だ。」と言った。
自己紹介。そうか、今この場できちんとわたしに名前を告げたのは彼だけだったなと思い出して「わたし、ごんべななし。」と言った。



「…悪いな。全員挨拶もそこそこで。正直みんな興奮してたんだ。新しい仲間ができたんだって…。」
「仲間?」
「あ……いや、……。」


さっきから少し気になっていたのだが、彼らはどうしていかにも年上な自分にこうもくだけた喋り方をするのだろう。
あまりそのあたりの礼儀などは気にしないたちではあるが、何とも言えない気持ちで真田少年の言葉を待っていると、とんでもない言葉が飛んできた。

「同年代が仲間になってくれるのは、やはり心強いものだからな」
「………は…?」

同年代
今まさに彼はそう言った。
わたしはこのあいだ20代を卒業したばかりの女性で、幼くみられることもあるが、いくら何でも中高校生と間違われるような見た目はしていない。
彼らのような若い少年少女であれば、それはもっと顕著に感じる部分のはずだ。
嫌な汗がだらりと背中を撫でる。
胸がどくどくと鳴っていて、遠くの壁に掛けてある鏡にようやく視線をやった。

そこには、幼い少女の顔が映っていた。
いや、見慣れた顔だ。十数年前に毎日見ていた顔だと思う。あいまいな表現になるのは、それがあり得ないことであるからだ。


今目の前にいる自分が、自分であるはずがない。これは悪い夢かなにかなのだろうか。


「ごんべ?」

心配そうに真田少年が声をかける。
それに答えるもできぬまま、わたしは下を向いて押し黙ることしかできなかった。
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