きこえますか?

□カラ松の場合
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あのままどれくらいの時間、橋の上で抱き合っていたかわからない。
ようやく起き上がったカラ松さんは、はぁと深いため息をついて涙を拭った。それでも私の裾を話そうとしない右手がいじらしくて胸がはねた。何かを言いたげに口ごもるカラ松さんは出会ったあの日を思わせたけれど、あの日と違うのは赤く腫れた目元で、キラキラ光っていないズボンで、嗚咽が漏れる喉だった。

そっと手に触れて、「カラ松さん。寒いですからあったかいところに行きましょう」と言うと、「こんな顔で人の前には出られない」とかすれた声で言われた。
わかりましたと答えて手を引いて歩くと、カラ松さんはどこに行くのか不安そうにしていた。「私のうちです」と言うとわかりやすく身体を固くしていた。いやだと拒否をされる前に、私は彼を無言でいざなった。だって彼の指は氷のように冷えていたし、泣いてすぐの身体は温もりを失って行くばかりだったから。


「カラ松さん。ちゃんと歩いてくださいよ」
「だっ、だってお前、家になんて行けるわけ」
「だからってずっと外にいるわけにはいかないでしょう?」
「………だって、…お前はチョロ松……と……」


マンションの前まで行ったときに、カラ松さんが苦しげに表情を歪めてそう言ったので、「チョロ松さん、嘘つけなかったんだな」とため息をついた。


「私がどうしても雷がダメだったので、無理を言ってしまったんです。だからあんまり怒らないであげてくださいね。」
「………へ?」
「だから雷が…大きい音がダメだなので私。だからたまたま会ったチョロ松さんに甘えてしまったと言うか…」


カラ松さんは間抜けっぽく口をあんぐりと開けて何かを考えているようだったが、会話のピースが埋まったのか息を飲んだ後大きく吐き出してへたり込んだ。


「ええ?!カ、カラ松さん大丈夫ですか?」
「………あいつは……本当に……」


カラ松さんはしばらくぶつぶつチョロ松さんへの文句を垂れ流した後、すっと立ち上がって乱暴に目元を擦ると、今度は私の頬をつまんで引き伸ばして来た。


「ひゃっ」
「名前さんも、ひょいひょい男を部屋にあげるもんじゃない。チョロ松がヘタレ童貞だったから良かったものの!」
「ごめんなひゃい」
「………………わかったなら、いい。」


ひとしきり私の頬をねじって満足したらしいカラ松さんはようやく指を離した。少しじわじわする頬を抑えると、カラ松さんは身支度を整えて居た。
私の方をまたじっと見つめた後、ひどく優しい声色で喋り始めた。


「じゃあ、家に帰るよ。」
「え、でも…」
「…さっきまでの会話の後に、家には入れないだろ。」


途端に私の部屋のドアを背中に感じた。カラ松さんの顔がびっくりするほど近くにあって、私の心臓は大きく鼓動する。右肘と腕で扉を押さえつけるようにしてひどく密着したような格好は、最近の流行りで言うならば所謂壁ドンという格好のようなそれ。カラ松さんの低くてとろけそうな声が耳を駆け巡る。汗が滲む。こんなに寒いのに。こんなに熱い。なんで?どうして?


「俺は多分、チョロ松のように我慢は出来ないだろうから。」


カラ松さんの顔がすごい勢いで迫る。唇の端ギリギリに柔らかい感触が押し付けられて、私は思わず声を漏らした。カラ松さんはびっくりするくらい真っ赤な顔をして「じゃあ」と言って走っていってしまった。私はその背中を見送ることもできずにただ口元を抑えるしかなかった。キス、されそうになった…

こんなにまっすぐ、0距離で触れられて、しかも、しかも私に伝わってしまった痛いほどわかりやすい感情。


「好きなんだ、私のこと」


自分で言っておいて恥ずかしくて死にそうだった。頭の中をぐるぐる目まぐるしく落ちそうになる感情なんて、いままで一度だって経験したことはない。カラ松さんの私への熱っぽい気持ちがただ私の胸をつかんで居て、きゅうと締まる心を抱きしめて私は何時間も玄関の前でうずくまっていた。


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