きこえますか?

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今日は、来るべき眼鏡購入のための下調べにやって来た。
地元で一番大きなショッピングモールに眼鏡屋さんがあると聞いて足を運べば、あるわあるわいろんな種類のフレームが。目にかけて鏡をのぞいて見るけれど、肝心の眼鏡をかけた私の顔がよくわからない。だめだこりゃ。
ため息を着いて赤縁の眼鏡を戻すと、ちょっと前に聞いた調子のいい誰かの声が耳に届いてその声のする方へ振り向くと、引越し初日に私の買い物を手伝ってくれたおそ松さんがいてばっちり目があってしまった。


「あ!名前ちゃんじゃん!」
「おそ松さん!久しぶりですね!」

思わず駆け寄ると、おそ松さんは少しぎくりと肩を震わせた。
そして慌ててポケットをまさぐったかと思うと私に何かを突き出して来た。デジャヴ


「お金なら受け取りませんよ!」
「え?なんで?つーか渡す金が無いよ。ってそーじゃなくて!名前ちゃん!いますぐ連絡先教えて!俺すぐここ出なくちゃなんないから!」


突き出していたのは携帯電話だった。
それにしてもなんだか鬼気迫る感じだな。
おそ松さんは慣れない街で一番最初に緊張をほぐしてくれた人。あの後連絡先を聞かなかったことをちょっと残念に思うくらいにはまた会いたいと思っていたので快くそれを受けようとして同じようにポシェットからスマートホンを取り出そうとしたがうっかり地面に落としてしまい、拾おうとかがもうとしてまたもやうっかり地面にシャーーとすべらせてしまった。

カツン、と誰かのつま先に私の思いっきり滑らせてしまったスマホが当たって、拾い上げてもらった。
なんて恥ずかしいところを見せたのだろうとスマホを受け取りに行こうとすると、おそ松さんは盛大なため息をついてがくりとうなだれてしまった。


「君、おそ松兄さんの彼女?」
「え?兄さん?って」


目の前の可愛らしい喋り方をするお兄さんは、なんとおそ松さんの弟さんらしかった。なんとなくぼやあっとした印象のおそ松さんの顔だったけれど、確かに似てるかもしれない。シルエットとか。服装のセンスは圧倒的にこちらのお兄さんの方が良いようだったけれど。


「おいトド松。あんまこの子にちょっかいかけんな。」
「えーなんで?別に彼女ってわけじゃ無いんでしょ?」


とどまつ、と呼ばれたお兄さんは、カツンカツンと革靴の音を響かせて私に歩み寄って来た。私のスマートホンを器用に操作して(しまったロックをかけていなかった)なんとLINEをふるふるして連絡先を強制交換させられてしまった。素早い。素早すぎる。百戦錬磨の匂いがする。


「僕松野トド松。よろしくね名前ちゃん。あんまり可愛いから連絡先交換しちゃった。今夜メッセージ送ってもいい?」
「トド松!…んとにお前は」
「送っても構いませんけど、私今細かい字全く見られないんで多分確認しませんよ。」

ぴしゃり、とそう言うとトド松さんもおそ松さんもびっくりしたように私を見つめて来た。
私は今どんな顔をしてるだろうか。多分、最高に可愛く無い顔をしているのだろうな。だって仕方が無いじゃ無いか。私はこの手の男が大嫌いなのだから。


「拾ってくれてありがとうございます。でも、勝手に人のスマホ操作するってどうなんですか?大方それでも許してもらえる可愛い男の子ーな生活を送って来たんでしょうけど、私をその他大勢の女の子みたく扱いたいなら他を当たってください。吐き気がする…!」


やっちゃったやっちゃったよ
初対面の人にやらかしてしまったよ。
おそ松さんがひどく驚いている。いやだ、せっかく仲良くなれそうだったのに。また私はこうやって周りに嫌われるようなことを自分からしてしまうんだ。我慢が効かないって、だからこれだからゆとりはだなんて馬鹿にされるんだ。いたたまれなくて私はそのまま駆け出した。今は誰にも会いたくなかった。可哀想な自分を労わることなんて考えもしなかった。私は自分で自分を粗末にしていた。




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