長編2

□サイカイを目指す
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空が白み始めている。
山の向こうから顔を覗かせた太陽はいやに明るくて、厳しい寒さが続いていたのが嘘みたいにあたたかった。

いつ何が起きてもいいように、手元に荷物を置いていてよかったと安堵のため息を漏らしながら、川の水を水筒に補充する。

森を抜けると、そこには人の気配なんて微塵も感じないような広大な草原で、思わずうげっ、と声が漏れてしまった。

目標はできた。
弥三郎に会いに行く。

…けれど、そう簡単にはいくまいと肩を落とした。
弥三郎と最後にあったのはもう随分も前だし、弥三郎からしてみれば、私ははるか過去の存在だろうしで覚えてもらっているかも危うい。
何より弥三郎がどこに住んでいるのか。生きているのか死んでいるのかそれすらもわからない。

記憶をたぐらせても、それらしい手かがりはやはりなくて、闇雲に歩き回るしかないのかと思うと絶望した。


「まいったなぁ。一人旅かあ」


馬なりなんなりあるならばともかく、徒歩となると魔法を使いながらの移動が主になるだろう。

しかし魔法だって無限の力ではない。
使い過ぎれば自分の体力や気力がどんどん消耗されていくし、緊急時に動けなくなったり力を使えなくなるようなことがあれば、それこそ命に関わるだろう。

悩んでいても仕方がないのはこの広大な地を見れば明らかなのだが…
追手が来る前に少しでも遠くに逃げなくてはならないし、余計なことはとりあえず考えないようにして一歩を踏み出した。

休み休み行けばいい。
時間はたっぷりとあるのだから。






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「寒ーっ!!さすがにニットだけで行動するには寒いなあ…」

この時代の人たちの防寒ってどうしているのやら。
たぶん今の私の格好のほうがあったかいんじゃないかと思う位鎧以外では随分と薄着なんだよなあ。

大阪城にいたころは時々着物を着たりしてたけど、うーん。コートとかジャケットが恋しい。
旅行好きが故に洋服はたくさん持っていたのに、こんな大冒険になると予想できていたなら、キャリーケースにたっぷりの必需品を詰めに詰めていたというのに。

なんて、もしもの話をしたところで仕方が無い。とにかくこの草原を歩いていかなくては。
考え事をしていれば、時間が過ぎるのを感じなくていい。

そっと肩を抱いて、空を見上げる。冬の澄み切った空気に、白く明るく輝く太陽に、自然と目尻に涙が集まった。
感傷的になってどうする。




……




一体どのくらい歩き続けていたのだろうか。
体感時間としてはもう丸三日ほど歩きづめのような気がする。
最初のうちはケータイを確認していたりしたのだが、余計に疲れるので途中でやめた。

ぱつんぱつんに張った脚をいたわるようにさすってみると、そろそろ休憩時だと思って腰を休めることに決めた。

おあつらえ向きの洞窟なんかがあったりするといいのだけれど。
きょろきょろ辺りを見回してみるけれど、そう都合よくそんなものが見つかる訳もなく、がくりと肩を落とした


「不眠不休で飲まず食わずでよくやってこれたな私…本当にマテリア様様だよ…」


すこしでも風に当たらない暖かい寝床を探そうと、木の根元にくぼみがないかを探していると



見つかった。
いや、くぼみが、ではない
虫の息になっている人が、だ。



「へえ?!」


思わず大きな声を出してしまった。
いや、仕方がないでしょう。ここ最近人の顔なんてものは見ていなかったのだし、しかも喉から血を流して皮膚は白さを通り越して青くなってしまっている。

これはもしかしなくとも
今まさに命が尽きようとしている人間のそれだ。


「ちょ、え、と、とにかくケアル(回復魔法)を…」


兜?を目深までかぶった男の人の表情は読めなかったが、明らかに脂汗が滲んでいて、喉はひどい状態だった。

鋭い刃物か何かでえぐられたような傷口は、空洞が空いているのかそこからヒューヒューと空気が漏れていた

こんな状態でもなればショックで死んでしまってしまってもおかしくはないのに、ものすごい気力だと感心しそうになって慌てて我に返り喉元に手をやった


しかし、その手は払われた。


力強く、一瞬のことで何が起きたのか把握することが叶わなかった。

目の前の死に絶えんとしていた謎の兜の男は、先程まで上下する肩以外にピクリとも動かなかったのに、だらしなくうなだれていた腕は、私の頬の横に振り上げられていた。


「ッ!?」


一瞬遅れを取って後退すると、熱い痛みが走った。
頬を撫でると、ぬめりとした感触が指に絡まる。

切られたと気づいたのは、その男が握っているクナイを視界に入れたからだった。


男は、木の幹に預けていた体を持ち上げると、両足に力を入れて、なんの苦も感じないような素振りで構えを取った。
反動で喉元からはおびただしい量の血が吹き出している。

その噛み合わない光景に、私は思わず息を飲んだ。
こんな状態で、立っていられるわけがないのに…?!


男は片足で強く地面を蹴って、前のめりに私に向かってきた。
風のような素早さで、目を凝らさなければ一挙一動を見逃してしまいそうな程だ。

とっさに両腕に雷を纏い、攻撃を防ぐ、バチバチと激しい火花が散って、男は驚いたように口を開けたが、すぐにその薄い唇をきゅっと結んでまた構えを取り直した。

そして、懐からクナイを何本か引きぬkと私に向かって投げつけた。
それを雷で機動をそらし、地面へ叩きつけていく。

電気が通った金属は熱く熱を持ち、地面に突き刺さると煙を上げた。
そんな光景には目もくれずに私に一心不乱に攻撃を仕掛けてくる男


さっきまでそこで横たわっていた人物と、別人なのではないかと思うほどの力強さに、狐に化かされたような気持ちになったが。

地面にこぼれ落ちる血は、男がやはり瀕死の状態であることを物語っている。


「や、やめて!私別に敵とかじゃないから!あなたを殺そうとかそんなつもりじゃないの!このままじゃあなたが死んじゃう!」


避けながら言葉を発するのがこんなに難しいことだとは思わなかった。
男は聞く耳持たんといった雰囲気で、構わずにクナイを投げつけてくる。

直感でわかる。
このまま戦闘が長引けばこの人は。


「くッ!」


イチかバチかだった。
ゲームとはわけが違うのだし、一体どのような作用をもたらすかがわからなかったから使うことをためらっていた魔法。ボス相手には使えないものだし、正直成功するかも、その代償もわからない魔法だが

今しかない


「あやつる!」


たからかに宣言するのは魔法の呪文というにはあまりにもお粗末なもの、
私の頭の中にイメージするのは、おとなしく地面に伏せる男の姿だったが、どうやらそれはうまくいったらしい。

男の膝は地面に下ろされ、クナイを握っていた手のひらは広がって、ばらばらと武器を落とした。

何が起こっているかわからない、といった表情の姿を見ながら、おとなしくなった男に近づく、

牙をむくような表情を見せていたが、文字通り手も足も出ないのか、ぐったりとしている。


「ちょっと失礼。」


喉元に手をかざし、ケアルガ(回復魔法強)を唱えると、緑色の光が膨らみ、はじけては消えを繰り返した。
ふさがっていく傷口を見ながら、ホッとため息をつくと、男は驚いたように口をあんぐりとあけた。

最後の光がはじけた時には、男の顔色も随分血行が良くなり、首もともつるりと桃色の新しい皮膚を見せた。

私が一息ついて手を離し、「あやつる」も解除すると、男は自分の喉元を何度も触って私の方をじっと見つめていた(兜で目は見えないのだけれど)


「だから言ったでしょ、敵じゃないって。」


そう言葉をかけたのに、男はまだ納得のいかない様子で散らばったクナイを手繰り寄せて握り直した。
そして、間髪置かずに私にそれを振り下ろした。


「ちょっと待ってよ!敵意はないってわたし…」


そう大きな声で叫ぶと、ぐらりと視界が揺れた。インフルエンザにかかったとき、そういえばこんな感じだったと思う。
視界がチカチカとネオンのように揺れて、体中の力が奪われて重力に逆らえなくなる。


「(あっ。だめだ)」


嫌に冷静な思考のまま、私はぶつりと意識を手放した。




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