長編2
□風が運んだ毒
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「元の世界に…帰った?」
決まりの悪そうな顔で、うんと頷くと、橙色の髪が揺れた。
約一月ぶりにやってきた上田城。
その城門で、俺は信じられない事実を猿飛佐助から告げられた。
「…それは笑えない冗談だな、兄さん。」
「冗談なんか言ってないよ」
腕を組んだまま柱にもたれかかる猿飛佐助は、顔を伏せていて表情が読み取れない。
しかし、嫌に寂しそうなその声色に、最悪の事実を突き付けられたのだと確信して絶望した
もう一度会ったら色々話そう、渡そうと思っていた物を詰め込んでいたのに
京からここまでの道のりは、無駄足だったということなんだろうか
「教えてくれよ、兄さん。ごんべは、どうやって、元の世界に…あんたはその場に、いたのか…?」
やっとの事で声を絞り出す。
またも「うん」とだけ返す彼の言葉に、喉の奥を締め付けられるような感覚がして、かひゅ と情けない風が漏れるだけだった。
「とにかくここにはもう居ないから。…そんな顔、しないでくれる?俺様旦那のほうを慰めるのに今手一杯だから。」
ため息をついて背中を向けた猿飛佐助の腕を掴むと、驚いたように振り返った。
どうしても
俺はどうしても納得がいかなかった。
だってあの子はどうしようもなく俺に依存してたんだ。
俺だっていつの間にかあの子なしじゃいられなかった。
お互いの事情を分かり合ったふりをして、その実お互いのことしか考えていなかった。
そんな自分勝手で自分主義で自分本位で
鏡を映しあったように同じ存在の彼女
笑顔がだれよりも、俺がかつて愛した少女に酷似した少女
そんな彼女がこの世界から、俺に断りも無く消えていくなんて
そんなこと絶対にありえない。
「なあ兄さん。本当は何か知っているんじゃないか?」
「…何言ってんの?」
「嘘だ、あんたは嘘をついている。俺にはわかる。あんた、あの子が好きだろう」
「………」
黙りこくった猿飛佐助はまっすぐに俺の目を見て生唾を飲み込んだ。
いつも飄々としているくせに、動揺に瞳孔を揺らして、それじゃあ「はいそうです」って自分から言っているようなものじゃないか
忍がそんなふうじゃあ、武田も大変だ。
そんな風にのどの奥で毒づくと、彼は腕を振り払って少し遠くに跳躍した。
「あの子は、あんたに依存したくないって言っていたんだ。このままだと、自分の都合であんたを傷つけるかもしれないってね。」
ああ、彼女らしい。
その決断だって自分勝手なものだ
俺がどれだけあの子のことを想っているのか。どこまで底まで依存してしまっているのかなんて、想像だにしないんだろう。
「…。はあ。あんた、今自分がどんな顔をしているのか、鏡で確認してみたほうがいいよ。」
「御託はいい。何か知ってるのなら…」
「西さ。あの子は西に向かっていった。」
その言葉を噛み砕くと、俺は礼も言わずに踵を返した。
俺の背中を見送っているだろう猿飛佐助はいつものように小言を吐いたりはしなかった。
「鏡を見ろだって?そんな必要。無いよ」
どうせ今の俺は
修羅に身を委ねたごんべと、同じ顔をしているだろうから。
。