風がつよくなった

□第3話 不埒な夢よ舞い降りて
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入学早々欠席をしたものだから、少しだけクラスで浮いてしまったが、美鶴が気にせず声をかけてくれるので孤立することはなかった。中等部からの持ち上がりが多いのか、クラスの中のグループは既に固まっていて新たに友達を作る雰囲気でもない。

美鶴は元々あまり群れるたちではなかったようで、常にわたしと行動を共にしているのは周りから見ると相当珍しいことであるようだった。目を覚ましてからわりとわたしにべったり気味だったことを思うとあまり想像はつかないが…。


美鶴は一年生にしてなんと生徒会にも顔を出すつもりらしい。一体どのくらいわらじを履けば気が済むのだろう。わたしの友人たちは本当にパワフルでバイタリティに溢れている。いかんせん中身がいい年齢なため話を聞いているだけでも疲れてしまうが、現役高校一年生は何のことはなく日常を送っているのだからすごい。


あれからしばらくタルタロスの探索は中断して、またダンジョンから漏れ出たシャドウに対処していく形にシフトされた。一日に何体ものシャドウを相手にしたときのわたしの負荷が重たすぎると配慮してもらったためにこのような結果になった。何だか申し訳ない気もするが、戦闘のたびに欠席するのもあまり体面が良くないということでわたしも納得した。


体調を崩した一件から、3人…特に真田くんと荒垣くんの過保護は苛烈になったように思う。昼休みのたびにわたしと美鶴を呼び出すのはまだいいとして、登校も下校も基本的には二人のどちらかが一緒だ。大体は帰宅部の荒垣くんと帰宅することになる。


今日は真田くんが部活があるとのことで荒垣くんが一緒に帰ることになった。下駄箱で待っていた彼に「おまたせ」と声をかけると、「帰るか」と微笑まれた。


「ねえ、授業サボるのよくないよ。」
「……誰から聞いた?」
「真田くん。屋上で寝てたんでしょ?江古田先生あたりに見つかったら面倒なんだから。」
「あー…ハイハイ。」


出たよまたカーチャンみたいに説教ね。と荒垣くんは面倒そうに言う。ついババ臭く説教してしまうのはどうかと思いつつ、放って置けなくて口うるさくしてしまう。


「今日ご飯何にしようかな。」
「お前ちゃんと飯作ってんの偉いよな。」
「コンビニ、高いんだもん。いくら資金援助してもらってるとは言え無駄遣いはね。」
「……しっかりしてんのはお前もだな。」


荒垣くんが乱暴にわたしの頭を撫でた。小柄なのもあるからだろうが、子供としてみられていると思うと複雑だ。しかし彼はわたしと目が合うとすぐにそっぽを向いてしまう。思春期の子供らしくて可愛いと思った。


ふと携帯が震えた
幾月さんから支給された携帯に入る連絡は、美鶴か真田くんがほとんどだ。
ディスプレイには真田くんの名前が映っており、着信に応える


「もしもし?」
「ああ、ごんべ。そこにシンジはいるか?あいつ携帯部屋に忘れてるみたいで電話に出ないんだ。替わってくれ。」
「うんわかった。ちょっとまってね」


携帯を荒垣くんに見せ「シンジくん。真田くんが替わって欲しいって」と言うと、彼は喉の奥に何か引っかかったような変な声を出して固まってしまった。

よくわからずに首を傾げながら「電話だよ」というと、すぐにハッとした表情をして電話をひったくられた。

二、三こと会話をした後に彼はわたしに携帯を寄越すと、むっつりした妙な表情でズンズン先を歩いて行ってしまった。


「な、なに?何て言われたの?」
「………。」
「どうしたの?何か怒ってる?」
「……………。」


急に不機嫌そうな顔をされて睨みつけられた。あれ、真田くんではなくわたしに何かあるのだろうか。
眉毛を下げると、彼はボソッと「名前…。」と呟いた。


「名前?」
「呼んだろ?俺のこと…シンジって」
「…あ、ごめん。真田くんに釣られたかも。嫌だった?」
「………。」


彼は黙ってわたしを見つめたままだ。
シンジ、なんて愛称は真田くんしか使わない。彼にとって思い入れのある呼び方なら、わたしが軽々しく呼んでいいものじゃなかったかもしれない。

わたしがそう思案していると、まったく予想だにしない返事が返ってきた。


「…今度は真次郎って呼んでみろよ。長ぇけど。」
「え?」
「大体、桐条のことは名前で呼んでんだろ。いいから呼んでみろよ。」


それをいうなら荒垣くんもわたしのことはごんべ呼びだけど、だなんて茶化せる空気でもなく、じっと射抜くように見つめてくる彼に応えるべく口を開いた。


「真次郎くん」
「………。」


自分がそう呼べと言ったくせに、彼はわたしから名前を聞くと顔を真っ赤にしてスタスタと先を歩いてしまった。恥ずかしかったのだろうか。慌てて彼の後ろを追いかける。脚の長い彼に追いつくのは少し大変だった。


「…から…」
「なに?」
「今度からそう呼べ…。」


消え入りそうな声でそう言う彼が可愛くて、思わず頷きそうになったが、こういう反応をされると少しからかいたくもなる。


「じゃあ真次郎くんも名前で呼んでよ。」
「…なっ、お前…。」
「わたしだけ苗字で呼ばれたら距離空いてるみたいでなんか嫌じゃん。」
「……。」


彼はこっちを一瞥もせずに、蚊の鳴くような小さな声で名前を呼んでくれた


「…… ななし」


これは、なんというか、想像以上に恥ずかしいかもしれない…。
わたしが言葉を失って呆然とみつめている姿を見て、彼はさらに顔を真っ赤にして「ヘンな顔で見るな」と理不尽なことを言われた。「ヘンな顔」はそっちも大概じゃんとは言えず、珍しく黙ったまま寮に帰ることになった。

今更高校生の男の子にときめいてしまったと言う事実に覚える必要のない罪悪感を感じて自室に戻った後深く息をついた。



_______________


部屋に入ると、すぐに扉にもたれて頭を抱えた。耳の奥に、まだあいつが呼んだ自分の名前がこだましている。今まで荒垣くんと呼ばれるのもこそばゆかったが、名前で呼ばれるとありえないくらい自分の心臓が跳ね上がって動揺した。


「… ななし」


誰もいない部屋でもう一度、名前を呼ぶ。
ガキだとばかり思っていた妹のような存在だったが、下の名前を呼ぶと急に「女」として見てしまった。初めて会った時から、どこか大人びた目をする彼女に惹かれる部分があったのは認める。桐条より一緒にいて落ち着くし、アキよりも優しい気持ちになれる相手だったのだから尚更だ。

はじめてのシャドウ戦。あいつの歌が身体に流れ込むと、まるで裸のあいつに抱きしめられているような妙な高揚感があって、あの日からずっと気にしないではいられなかった。


それが今日、名前を呼ばれて抑えられないくらい情欲を掻き立てられた。熱っぽい声と落ち着いた喋り方、ふと自分の手が下半身に伸びていたことに気がついて慌てて手を引っ込めた。


「…くそッ、ダメだろ、それは…。」


頭をかいて、ベッドに身を横たえた。今日は何をするにも手につかなさそうで、食事を取ることはやめて朝まで眠ることにした。

どうか夢に現れないでくれなどと思いながら、もう一度だけ小さくあいつの名前を呼んだ。




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