風がつよくなった

□第3話 不埒な夢よ舞い降りて
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影時間。シャドウの息が濃く深くなる時間。
学園はそびえたつ狂気の塔へと姿を変えて目の前にたたずんでいる。ごくりと生唾を飲んでそれを見上げていると、幾月理事長が「危険だと感じたらすぐにでも引き上げるようにね」と心配そうに言った。


美鶴はタルタロスのエントランスでナビ役に回ることになった。この役目をの担う人間が一人でもいないと脱出は極めて困難になる。
わたしは潜入組に入り、二人よりも早くセイレーンを召喚してタルタロスに潜入することになった。



「ごんべのペルソナ、俺たちのペルソナより人間ぽい見た目をしてるよな」


真田くんがそう言うと、荒垣くんも小さく同調した。こういうものだと思っていたけど…?と返すと


「ペルソナは心の形だからな。ななしの心と身体の形にほとんど隙間が無いということは、より力を発揮しやすいというコトじゃないだろうか。」


という美鶴の通信が割って入った。
わかるようなわからないような…とセイレーンに目をやると、彼女はクスクスと笑ってわたしたちの周りを浮遊した。

セイレーンはこれまでを生きてきたわたしの見た目によく似ている。…細かい部分は人間離れしているけれど。だから鏡を見ているようで少し落ち着かない。


タルタロスの中を歩くカツコツという足音が響いている。物陰から敵が出てくるかもしれないと気を張っていると、セイレーンが少し先の暗闇を指さした。ごく小型のシャドウがこちらの様子を伺っている。


「あっち。このあいだより小さいけどシャドウがこっちを見てる。」
「…この距離で良く気が付いたな。」
「セイレーン、たぶん同じフロアなら敵を感知できるみたい。二人とも行ける?」
「ああ。ごんべもサポートを頼む。」


彼らがそう言いながら駆けだしていったので、わたしも奔流する命をたぐった。
喉の奥を駆け上がる音の鼓動。
わたしの身体が浮遊し、セイレーンと溶け合うように動く。
この瞬間の高揚感はすさまじいものだった。

身体中に響く心臓の鼓動がBPMを刻んでいるようで、自分自身が楽器になったような感覚をもたらした。

彼らの命の流れがわたしにまで到達する。
ふたりの熱い感情がつま先から頭の先までを飲み込むと、より一層声は色を帯びた。音が形になり光になる。それを受け、彼らの身体はまるで踊るように敵をせん滅していく。



「…やっぱりすごいな。セイレーンの…ごんべの歌は。」
「ああ。今までの俺たちのままじゃ多分、こうはいかなかった。」


ふたりの小声の会話さえいまのわたしにはエネルギーになる。もっと音を、もっともっと音を、わたしに奏でさせてほしい。力を、命を、魂の全部で感じたい…!




「今日はこのあたりにしよう。今行ける最深の階層までたどり着いたようだ。」


美鶴の通信ではっと意識を取り戻す。
いつの間にか上り詰めた階段の先には大きな柵が掛かっており、これ以上は進めなさそうだった。

三人で顔を見合わせていると、美鶴が「どうした?」と告げるので慌てて脱出ポイントからエントランスに戻ることにした。

幾月理事長も美鶴も今回の結果にはかなり驚いていたようで「相当疲れていると思うからゆっくり休んで」と労われた。

帰りの同中、真田くんと荒垣くんは熱っぽく今日の戦いについて話していたが、わたしはというと脚が鉛のように重くてなかなか歩みが進まなかった。

それに気が付いた美鶴は「大丈夫か?」とわたしの肩を抱いたが、もつれるように転んでしまった。


「おい!どうした!」


荒垣くんがわたしを抱えてひどく驚いた表情を見せた。わたしの顔には熱がこもっていたようで「ひどい熱だ」とこぼした。


「戦いの影響かもしれないね。彼女の力は君たちとは違ってエネルギーを与えるものだから負荷のかかり方が違うのかもしれない。」


「ごんべは俺が背負っていく。帰ったらすぐ休ませよう。」
「………。」


なんだか荒垣くんの背中には世話になってばかりだ。頼りがいのある首に抱き着くようにして身体が揺れた時、母さんの運転する車の後部座席で好きな歌手の歌を聴いた夜のことをふと思い出したりした。




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目を覚ますと、部屋の中は少し薄暗かった。
眠りについた記憶はなかったが…。タルタロス探索の後、どうしていただろうかと記憶を手繰っていると、小さなノックのあと扉が開かれた。
ドアの隙間には真田くんの姿が見えて、不安そうな表情の彼と目が合うと飛びつくように部屋に駆け行ってきた。


「ごんべ!!」


彼はベッドの脇までくると、わたしの手を取って強く握った。
そしてすぐ「ごめん、ごめん…ごめん…」と何度も謝られた。状況が飲み込めずに「どうしたの?」と問うと、彼は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて言った。


「自分のことばかりで…お前に負担がかかるかもだなんて考えられなかった。ごめん。最初にシャドウと戦った時、つらそうにしてたのに…引き際を見誤ったのは俺のせいだ…。」


彼の動揺の仕方は尋常ではなかった。暗い顔で、見たこともないくらい泣いていて、なんだかこっちまでもらい泣きしてしまいそうな状況だが、彼の頭を撫でると、彼は救いを求めるような表情で私の瞳をじっと見つめてきた。



「真田くんのせいじゃないよ。まだわたしも、わたしのことはわからないことでいっぱいなの。だから泣かないで。」
「ごめん…ごめん…美妃…」
「美妃?」


彼がうわごとのように呟いたのは女性の名前だった。私が名前を聴き返すように問うと、彼は小さな声で「…妹」と言った。


彼はしゃくりあげながらも、孤児院が火事で焼けてしまったこと。たった一人の肉親である妹を亡くしてしまったのに力がなくて何もできなかったこと。
そのあととある一家に引き取られて月光館学園に入学した先で美鶴と出会い、ペルソナ使いになったこと。自分を心配した荒垣くんが一緒にシャドウと戦う決断をしたこと…。



彼らはわたしよりしっかりしているように見えて、中身はまっとうな子供なのだ。
こんなことになって、傷ついていないわけがない。わたしが倒れてしまった時、彼はもしかしたら力及ばず助けられなかった妹の姿を重ねてしまったのかもしれない。



「真田くん。いっぱい一人で頑張ってきたんだね。ずっとつらかったね。」
「え…?」
「でもわたしが倒れたのはわたしがまだ色々下手くそだっただけ。こうやって失敗しながら覚えていかなくちゃ。その時には真田くたんたちに助けてもらわなきゃ。」



わたしのゆっくりした言葉に真田くんはゆっくりと呼吸を整えていった。わたしの手を掴む力だけは強いままに、彼は涙を拭うと「ありがとう」と言って頭を撫でるわたしの手に身をゆだね目を閉じた。


彼の境遇をわかってあげられるかどうかはわからないが、戦いを前に楽しそうな姿ばかり見てきたわたしにとって、子供らしい一面が見られたことはむしろうれしいことだった。


……子供を産むこともできないわたしだけれど、こうやって母のような振る舞いができるのだなと少し遠くに思いを馳せた。
母さんはどうやってわたしの髪を撫でてくれていただろうか。


記憶にしまっていた優しい思い出を紐解きながら、蜜月のような時間がゆっくりと過ぎていった。






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