長編

□蝶の欲情
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「…さむーい!」
「当たり前であろう。初秋に川に飛び込む馬鹿がどこに居る」
「…初めの頃に言われたなあそれ。」

魚を抱えて岩場に戻った女は、そのぷくりと小さく膨らんだ桃色の唇を青く染めていた

その姿にため息を漏らすが、女は細い枝に魚を刺して火にくべるまでが早く、感心した

拾ってきたのであろう木の実の殻を丁寧に剥いて炙る女は、我の顔を見るとにこりと笑った


「びっくりしましたよ。川から流れてきたんだもの。しかも全身包帯まみれだし。あっ、勝手に脱がしてごめんなさい」
「…裸で擦り寄るとは大胆な女よ。ヒヒッ」
「ちーがーいーまーすっ!!身体が冷えきってたから人肌で暖めようとですねぇっ」
「照れずともよいわ。ヒヒッ」
「だああああっもう!!」


突つけば突つく程いい声で鳴く。良い女よ
三成を彷彿とする喚き方に、思わず笑いが漏れてしまう


「…お名前教えてもらえませんか?」
「名を聞く前に名乗れよ」
「うっ、すみません…ごんべです」
「ごんべ。似合いよ」


ぱあ、と明るく頬を染めて笑う女に、またどくりと胸が踊る
幼き顔に似合わぬ色香よ
あの柔肌が脳裏によぎり、思わず唾を飲んだ


「ほら、私は言いましたよ!」
「我は………吉継よ」
「吉継さん!よくお似合いですよ!」

業病の吉継
であれば、これだけでも誰もかれも我のことを恐れるはずだが
この女は気づく様子はない

茶化すように言ってはいたが『精霊』というのもあながち嘘ではないのかもしれない

こんな世間知らずな女、町娘だとしてもあり得ぬ


「ヒッ、ヒヒヒッ!」
「な、何ですか急に」
「いや、ヒヒッ、間抜け面よ」
「もう!吉継さんだって…………お、男前ですね」
「………は?」
「だ、だって!最初はどんなミイラかって恐ろしかったのに包帯取ったらすごいカッコいいお顔なんだもん!びっくりしましたよ!」
「…………」

「あ、ごめんなさい。変なこといっちゃって。…包帯乾くまでもうちょっとですから。そうしたら」
「よいわ」
「えっ、きゃ!」


その細腕を引き寄せて胸に閉じ込めた
あの暖かかった身体は秋風に晒されて冷えきっていた

しかし、ふわりと髪から薫る香りが甘く、またずぐりと胸が疼いた

こんな男の欲を感じるなど
幾年ぶりか


「よ、吉継さん?」
「寒い。暖めやれ」
「えっ?!いや、今はたぶん私の方が冷たい…」
「脱げ」
「きゃ、ちょ、何するんですか吉継さ…」
「先に、ぬしが我にしたようにしやれ」
「うっ…」

耳まで真っ赤に染め上げた女の顔にまた男が昂る
被り着る服だったために脱がせるのに骨が折れたが、その白い柔肌が露になると、必死で胸元を両手で隠し涙をいっぱいに溜めて我を見上げる


「よ、吉継さんの、破廉恥!」
「ほれ、来やれ」
「嫌ですよ!服返してください!」
「寒い、サムイ」
「…もう!吉継さんが弱ってなかったら張り倒してるところなんだから!」

今にもこぼれそうなほど大きく水粒を目尻に含ませて我の腰に遠慮がちに手を添えてきた女の後頭部を押さえ込んで、つ。と首筋に唇を滑らせた


「んっ!」
「女のような声を上げる」
「あ、あんまりからかわないでくださいよー…っ」
「寒い」
「吉継さんがにくーい!!!」


我の業病を、名を気にせぬ女
幼き顔と言動にそぐわぬ色香
我にここまで欲を昂らせたのだ
責任を取ってもらわねばなるまい

「ごんべ…」
「ひっ!と、吐息を混ぜてこないでください!」
「良い香りぞ」
「匂いフェチー!」
「喋やるな。萎える」
「ひ、ひどい!」




この女はもう我の物だ







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