長編

□≪彼女の現と鬼の夢≫
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襖が開け放たれると、そこはまさに地獄絵図と言うにふさわしい様子だった。

草の匂いをさせていた畳は真っ赤な血に濡れ、鉄のさびたような匂いを放ってかつての装いを失っていた。

綺麗に整えられていた棚や、そこに飾られていた調度品は無残に倒れ、砕けていた


その荒れた部屋に立っている人物は
ずいぶんと長身で、甲冑のようなものを身に纏っていた。
右手に握った刀は朱に濡れ、刃こぼれをしていてもう一度その役目を果たすことはきっとないだろう

私に背を向けていた白銀の髪を持つ青年に恐怖を抱くことは無かった
なぜなら私は彼を知っていたから


『弥三郎…なの?』
『…?!』


声を掛けた瞬間、私の右頬を刀が掠めた。ギリギリのところで左に首をもたげたことで、大きな傷を負うことは無かった

私のほうに顔を向けた青年は、左目を包帯で巻いて隠していて、私の知っている『弥三郎』よりもよっぽど男らしい顔立ちをしていた

太い首からはしっかりとした喉仏が突出しており、完全に男性へと成長してしまっていて、時の流れに困惑した

これは夢だというのに、刃物を向けられたときの緊張感や、鼻の奥に居座る血の匂いはあまりに現実的だった。
あの小さな弥三郎がここまで大きくなってしまうなんて纏う雰囲気を鋭くさせてしまうなんて
一体あれから何年の月日が経ってしまったのだろうか

『ごんべ、様、か?』


大人の男性の声だった
しかし、私の名前を呼んだその青年の表情は、驚きに目を見開いて顔を白くさせた。
その顔は不思議と幼い頃の弥三郎のそれを思わせて、やはり弥三郎かと安堵した


『そうだよ。すごく久しぶり…だよね』
『………』

弥三郎は私に向けていた刀を下ろして
ぐっと首をうなだれた。
肩が小さく震えているように見えて、私は続いて声を掛けることができなかった


『初陣だったんだ』 


弥三郎は掠れたような低い声で床へと言葉を落とした
血に塗れた畳が、弥三郎の声に響いて波紋を作り出すような錯覚を覚えるほどに、その声はひどく地を震わせる様な低さだった


『弟と一緒に、戦に出た。大勢の兵士を連れて。行った。敵は殺気立って、その場に立っているのさえ、苦しいほどだった』


女の子のように小鳥のさえずる声色で私の名前を呼んだ彼はもうすっかりその身を隠していた。
言葉を選び、探しながら落としていく言葉をただ黙って噛み砕いていく

『どうにかなるって思った。話し合えば無駄な血を流さずにすむと。そう思ってたんだ。あの場所に立つまで。でもよ、無理だ。殺すか生きるかの瀬戸際で、理性なんてもん持っちゃいねぇんだ。あの場で、ただ一人も、だから』

弥三郎は顔を持ち上げる
その動作がスローモーションのようにゆっくりとしていて、私は思わず息を呑んだ

弥三郎の目は驚くほどに乾ききっていた
うつむいて声を震わせていたから、泣いているかもしれないと思ったが、それは杞憂に終わったようだった

だが、その表情は引きつり、自嘲に濡れて、目はぎらぎらと獣のように鋭かった



『俺が何人も殺してやったのさ。』








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