跡部の誕生日も2人でお祝いできて1ヶ月ぐらいした頃、それは突然ふってきた。家で明日の支度をする私に友達から電話があった。 『もしもし?ちょっと聞いた?‥愛実ちゃん、最近内田君と上手くいってないらしいよ。』 「え?」 うちの彼氏がサッカー部だからさ、と切り出した友達の話を聞きながら、頭の中ではこの話が跡部に伝わったらどうなるのだろうと考えヒヤリとした。 次の日そんな話を聞いたらよく眠れるわけもなくて、少し頭が痛い中、学校へ向かう。その途中昨日の電話をかけてきた主が話しかけてきた。 「ユウおはよ、昨日は変な電話ごめんね‥」 「あぁ、おはよー」 彼女は私の顔を見るなり、ゲッと小さく言う。よほどひどい顔なのだろう。 「マジごめんー!!まさかユウがここまで思いつめるとは!」 「本当だよ‥恨むわ‥」 「でもさ、ほら、跡部の彼女はあんたなんだし!ね?」 「あんまりフォローになってないけど。」 心底すまないといった顔をした彼女と昇降口で別れ教室を目指す。 心のどこかで分かっていた気がする。 いつかこんな日が来るんじゃないかと。 どこかにありそうな歌の歌詞をまさか本当に思う日が来るとは。 心が鉛のように重くなったのを感じた。 嘘つきな恋 5 冬を運ぶ風が時折教室に吹きこむ。 私は窓をそっとしめた。 今日は跡部が1日大人しい。 大人しい、と言ったらいつもうるさいみたいだけどそうじゃなくて、何か、元気がない。 「もうすぐクリスマスだねー」 「あぁ。」 「もうすぐお正月だねー」 「あぁ。」 全然聞いてないし。上の空とはまさにこの事だ。 「ねぇ、もう暗くなってきたし、帰ろ?」 座ったまま物思いにふける跡部の手を取ったらぐっと引っ張られた。私は簡単に跡部の腕の中に収まる。教室に誰も居なくて良かった。 「跡部‥痛いよ‥」 「わりぃ、‥少しだけ‥こうさせてくれ。」 わかったと返事する代わりに抱きしめ返した。 暖かい腕の中で私は思った。跡部がこうやって考え込むのが段々増えてきたなぁ。多分、愛実ちゃんの事だろう。 「ね、跡部」 「アン?」 「明日、テニス部見に行こう。」 「は?」 「いいから。日吉くんたち頑張ってるとこ見てあげよ。」 「‥そうだな。」 彼の胸に額を押し付ける。 跡部、私は此処にいるよ。 次の日になって、ホームルームが終わるともう跡部が廊下で待っていてくれた。 嬉しくて頬が緩む。 「なにニヤニヤしてやがんだ」 そう言って先を行く跡部の背中も嬉しそうだけどね。 大好きなテニスをして、考え込んでた事忘れちゃえばいいんだ。 引退してるとは言え、やっぱり跡部がコートに入ると空気が張り詰める。 私は長太郎にコートを一望できる席に特別に案内された。 遠慮したけど、彼女の特権だからと半ば無理矢理座らされる。 「なにか、飲みますか?」 「いや、大丈夫だよ。至れり尽くせりだね。」 長太郎は、ははっと笑った後、じゃあ、練習してきますと立ち去った。 しばらくコートを見つめていると、背中にどすんと重たいものが乗ってきた。思わず私の口から蛙の鳴き声みたいな変な声が出る。 「ジロー。重たい。」 「お!あたりー!」 「なに、あんたも来たの?」 彼はヨイショと体を屈めて横に座ってきた。 「あとべ、きてるってゆーからさー!やっぱりあいつ、つぇーよな!」 「うん、久しぶりに見たけど、やっぱりテニスしてる所かっこいいわ。」 「うわ!ノロケかよ!?」 「まぁね。」 「おれも試合してこよー!」 コートに向かった彼は三歩ほど歩いてから何か忘れたのかこっちへ、また戻ってきた。 「ジロー?どした?」 「久しぶりに、ユウの顔見れてうれCなぁって!へへっ!じゃな!」 あまりに爽やかに言うもんだから、固まってしまう。 私の事、す、す、好きとか‥?いやいやいやいや、ないわ!ないよ!ただの挨拶だよ!そうだ、そうそう今若者の間で流行ってるただの挨拶!好意なんて‥ 「あるやろなぁ‥」 「!!」 バッと後ろを振り向くと忍足がこっちを見て口端を上げた。 「‥あんた、心閉ざす以外に読めたりもするわけ‥?」 「さぁ?」 「嫌な奴‥」 ジローと交代するかの様に今度は忍足が横に座る。 「久しぶりにコート来たら、なんやおもろいもん見れたわ。」 「あのねぇ、あたしには跡部という彼氏がいるんですけど。」 「‥うまくいってるん?」 パコーンパコーンと規則良い音が静寂を引き立てる。 「さぁね。跡部、最近よく考え事ばっかしてるよ。」 「あぁ‥なるほどな」 「もう駄目かもなー、なんて思ったりもするよ。」 「ま、クリスマスんまでは付きおうてられるよう頑張りや。たっかいプレゼント貰ったったらえーねん。」 「あは!ドケチ眼鏡!」 「おい、誰がやねん。」 私と付き合ってても、跡部から彼女の存在を消すことが出来ないと思うと自分で選んだ道なのに逃げ出したくなる。 「流石に、クリスマス前に別れるのはキツいなぁ。12月24日、私の誕生日でもあるし‥。」 「‥ほんまかいな、もしそうなったらエグいな‥‥。ま、クリスマス前に別れたら慰めたるわ‥」 私の頭をわしゃわしゃと優しく撫でて忍足もこの場を去る。 ふぅ、とため息をひとつ。 何だかみんなが優しいなー。 私、そんな可哀想な子かしら。 しばらくしたら、ご機嫌そうな跡部がこっちに向かってきた。 その顔を見れただけで今日はもういいや。 不安を胸の奥に無理矢理しまいこんだ。 |