novel/しょーと

□満ち満ちる
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満ち満ちる




少しずつ少しずつ溜まった想いは表面張力みたいにギリギリを保っている。
もしも溢れてしまったら、友達のフリを出来なくなった私を見たとしたら、彼はどんな顔をするのか。
そんな事をぼんやり考える事が増えた。






「ミチル!早く!」

「え!?な、え!?」

私の手には一枚の紙。それをミチルの目の前に差し出すと彼はやべぇ!という顔をした。

理科の係である私は今日までにプリントを回収して他の資料と一緒に纏める雑用を任せられた。
なのにギリギリになっても出してない生徒が一人、それがミチルだった。

「わ、わりぃ、今渡す。」

「5ー4ー3ー‥」

いつも以上に慌ててぐちゃぐちゃの鞄の中を探せば真っ白なプリントが出てくる。

「‥相棒が見れない。」

明らかに不機嫌そうに小さく呟くとミチルがこっちに視線をやったけど私は首を横に振るしかなかった。


「放課後までには渡す!」

「もっと早くてもいいよ。」

嫌みを言い終わると予鈴が鳴り自分の席に着く。
大きなため息をつくと何とも言えない虚しさ、寂しさが私を襲った。





家が近所で幼稚園の頃から遊んでいたミチル。

年を重ねるにつれて近かった距離はどんどんと遠くなって、ミチルの女の子みたいだった声も少し低くなっていき、
男の子から男になっていく彼から置いて行かれる気がして無性に悔しかった。


幼なじみだから好きになった訳じゃなくて、ミチルだから好きになったと気付いたのは、
ミチルが私をユウ、と呼んでいたくせにいつからか笹原と呼んだ時だった。
まるで鈍器で頭を殴られたみたいな衝撃を受けたのを昨日の様に思い出せる。

そして彼が離れていくのが嫌で私だけミチル、と呼ぶことを続けた。

ミチルは中学に入ってからテニスを始めた。
引っ込み思案だったくせにふざけあえる友達も作って、休みの日になればコートに向かう。

そのうち周りの女子も福士くん最近かっこいいよね、なんて。
バレンタインだって、誕生日だって、プレゼントもらってる事知ってるんだ。

人の気持ちも知らないで。
毎日毎日ミチルへの思いが増すばかりなのに近づけば遠ざかってしまう。

その度に胸の奥がきゅうと苦しくなるけど
この痛みから解放される日は来るのだろうか。











教室には赤い日が差し込んで、遠くから吹奏楽部の音色が聞こえる。

少し冷たくなった空気がこれからもっと寒くなることを予言していた。



放課後になってもミチルは来なかった。
テニスの事で頭がいっぱいなんだろう。

パチン、パチン、とホッチキスの音が虚しく響く。

纏めていたプリントに目をやるとこの間説いた問題が並ぶ。

@ 太陽のまわりを公転する地球のような天体を何というか。

(・・・惑星)

あと少しで終わるところだったけど、やる気の糸が切れた私は机に顔を伏せた。

くるくる、ミチルの周りを回る私を想像したらふっと笑えた。

そしてすぐに涙がじわり。

(迷惑、なのかなぁ・・)

どうして急に冷たくなったなんて、考えたくなかったけど真っ黒な感情がつま先からじわじわと私を侵食していくみたいで怖い。

(ハッキリ言われた方がマシだ・・!)



目を瞑って強く思うと、次に目を開けた時にはもう空はすっかり暗くなっていた。















「・・・・・・・。」


右腕が痺れている。
小さく欠伸をすると確かにそこにあったプリントが姿を無くしていた。

ハッとして椅子から立ち上がると肩からずるっと何かが落ちた。
目線を床にやればそこには私には大きなサイズの学ラン。
慌てて拾って裾辺りを叩いた。

誰かが寝てる私に上着をかけてプリントを職員室まで運んでくれたんだ。

と言うことは寝顔を見られたんだなーと考えながら職員室の扉をノックした。

「おー、笹原。」

「先生、プリント、」

言い終わらない内に先生が自分の机の上にあるプリントに目をやる。

「‥さっき持ってきてもらったぞ?ほら。」

「それって、誰が」

「えーと、ほら、同じ係の‥‥‥福‥‥」

「福田くん‥ですか?」

「おー、そうそう、福田が持ってきたぞ。」

同じ係の、と聞いて納得はしたけどなんだか胸の奥がもやもやする。
薄暗い窓の外を見て、早く帰らなきゃという気持ちでそのもやもやを消した。



(福田君、上着無しじゃ寒かっただろうな。お礼しなきゃ。)


もう影もすっかり道路に消えて、月が暗闇に綺麗に映えていた。













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