そのデータ、該当なし 「そうなの!もう、まさはるってば本当甘えん坊なんだー。」 昼休み時、ノートに走らせていたペンがその声に反応して止まる。 他の奴なら気にもせず最後まで書き終わるはずなのだが。 フ、と自分の口角が上がる。 声の主、笹原をチラリと見ればまだキャアキャアと友達と談笑している。 なるほど、やはり照れるときに自分の髪を撫でるのは癖とみた。書いておこう。 こうして笹原の行動を観察し、データを纏めるのは他人からみたら少々理解できるものではない。それは分かっている。 しかし興味を持った以上それを止めることは出来ないのだ。 さて、聞き捨てならないのは、笹原の言う甘えん坊とやらの話だ。 まさはる、そう言ったな。それは俺のテニス部の仲間仁王の事であろうと想像するが、そんなデータは持ち合わせていない。 ぐ、っとペンを握る力が強くなる。恋というのは思ったより焦ったりするものなのだな。 「いーなぁ!!!ユウ!」 「急に楽しそうだと思ったのはそういう事だったのね。」 笹原と話す2人の女子は羨ましいとそれぞれ口にする。 「へへ、だって3日前からだもーん!」 語尾にたっぷりとハートマークをつけて話す笹原は再び自分の髪を撫でた。 やはり、か。3日前ならデータがあるはずがない。 しかし仁王と彼女の接点は如何なものか。実に解せない。疑問は早急に解決するに限る。時計を見ればまだ十分に時間はとれるとみた。 3ーBを目指すため席を立つと笹原と目が合った気が、した。 「仁王、少しいいか。」 「ん、なんじゃ。参謀が俺に用とは。」 わざわざ来るという事はろくなことがなさそうじゃのう、と仁王はポリポリと頭を掻きながらこちらを見る。 「笹原を知っているか。」 「は?」 敢えて知っているかと問う。もしも付き合っているなら当たり前だろう。 「知っちょるが、、それがなんじゃ?」 眉を下げて分からないという顔を向けてくる。 確かにそれがなんだと言われたらそれまでだ。 俺が答えずにいると仁王の口端がキュッと上がる。 「はーん、なるほど。参謀といえども人の子というわけじゃな。」 立場は急速に逆転した。仁王はクツクツと笑うと俺の肩にポンと手を置き言う。 「お前さんの言う意味の知ってるじゃないき、安心しんしゃい。」 答えに安心はしたものの厄介な相手に知られたものだ。しかしまぁこの安堵感と引き換えならば構わない。 さて話は元に戻った。 仁王ではなかったものの未だ分からない『まさはる』という人物。 いくらこの柳蓮二といえど全校生徒の名は把握していない。 面白いものだ。後先も考えず求めている答えがほしく突っ走ってしまう。苦しくて、もどかしくて、でも少しだけ甘い痛み。 (精市は笑うだろうか) らしくない、と笑うだろうか。 弦一郎は、まぁ、呆れるだろうな。 予鈴のなる前に教室へ戻ればまだ笹原は友達と談笑している。 「まさはる、めっちゃ可愛いじゃん!」 「見せて見せてー!」 携帯電話で撮ったであろう気になる人物。可愛い系男子、か。 ノートに何も纏まらない。 もう書く事を諦め、席を立つ。 「話がしたい。」 唐突に彼女に話し掛け、柔らかな腕を掴む。相当焦っているのが自分でも痛いほど分かる。 掴まれた腕と俺の顔を交互に見る笹原は口を開けたまま目をパチパチとさせる。 あぁ、その一々すら愛おしいというのに。 「え、あ、柳くん、え?」 廊下に出た所で予鈴が鳴る。 なんともタイミングの悪い。 「まさはる、の事なんだが。」 「え?あ、予鈴‥、え?まさはる?」 戸惑う笹原は持っていた携帯電話を握り締める。 「なんだ、柳くんも見たかったの?」 フフ、と笑うとその小さな手には収まらない携帯電話の画面をこちらに向けた。 「、これは‥。」 「へへ、可愛いでしょ?まさはる。」 映し出された画面、これはキヌゲネズミ亜科に属する齧歯類、美味しそうにひまわりの種をかじっている。 「ハムスター‥」 「うん。‥‥良かったら今度、見に来る?」 ゆっくりと画面から彼女に目線を移すと思わず口端が上がる。 少し青みのある髪を撫でながら笹原が微笑みかけてきたのだった。 fin. ↓アトガキ オチの読める展開ありきたりなお話 すみません^^; 初書き柳さん! 焦らせてみました。 最後まで読んでくださって ありがとうございました。 20131021彗 |