short story

□駆け出す君は
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「…よいか、アカネ。次からは気をつけるんじゃぞ」

『はい…ごめんなさいマスター』

「わかればいいんじゃ、わざとじゃないんだしのー」

『…うん』




ー駆け出す君はー




珍しく肩を落とし、まるでガキんちょのようにわかりやすい表情を見せるアカネ。
目にいっぱいの涙を溜めて、だけどそれを零さないように手のひらをギュッと握り締めて耐えているようだ。
トボトボとこちらに歩いてくるその姿を見てる限りで察したのは、なにやらじいさんに怒られたっぽい…っつーこと。

アカネの行く先に立ちふさがって顔を覗き込んでみると、その大きな瞳は俺を見上げた。

『…グレイーぃ…』

「まーた何かやらかして怒られたか?」

『…う、何でわかるのよ』

「それ以外考えつかねぇから」

『…』

アカネは、はぁっと溜め息のような息を吐くと事のいきさつを説明し始めた。

『昨日まで仕事で山岳の村へ行ってたんだけどね、帰りにマスターへのお土産を買ったの』

「へー土産か。」

『うん、小瓶に入ったエメラルド色の綺麗なお酒。それをさっきマスターに呑ませてあげようとグラスに注いだんだ…』

「なんでそれで怒られんだよ?」

仕事を無事に終え、土産まで手にして帰ってきたアカネ。
それだけで十分可愛いじゃねぇか。
酒好きのじぃさんなら尚更喜ぶハズだけどな…

『…違ったの』

「ん?」

『そのお土産ね、お酒じゃなかったの…』

「…酒じゃなかった?」

『うん…全く違うもので…』

「一体何だったんだよ…?」

アカネは一度俯き、もごもごと実に言いにくそうに言葉を発した。

『…そ…ざ…ぃ…』

「ん?わりぃ、聞こえなかった…」

『…じょそ…う、ざい…』

「………………除草剤…?」

『…………うん…』

「……」

『……』

それ…飲んだら死ぬんじゃね?っつー言葉はなんとか喉元でせき止めた。

「…そ、そうか…」

『うん』

“背筋が凍る”なんて、氷の魔導士が体現するわけねぇと思ってた。
だけど今確かに俺の背筋は冷たく熱を引き、文字通り凍っちまったかのように身震いした。

「アカネ…そりゃマジで気をつけねーと…」

『うん…マスターだから寸前で気付いてくれたんだよね…味見しなくてよかった』

「…」

2人揃って冷や汗を流し、あまりに落ち込んでいるアカネの表情に思わず吹き出した。

「ふはっ…」

『…何よぉ』

「いやぁ、アカネらしいなと思って」

『もう、グレイひどい』

「頼むから将来結婚した時には旦那に食わせるモンちゃんと確認してくれよな」

『…それじゃあ…グレイも一緒に確認してよね?』

「…え?」

数秒停止した会話のあと、アカネは顔を赤くして駆け出した。

その後ろ姿を見ながら全てを悟った俺は、あんなドジな嫁をもらえるくらいしっかりした旦那になってやろうと思ったんだ。

「つーか、本格的な花嫁修業が必要そうだな、ありゃ」


駆け出す君は俺よりもちょっぴり早く、未来へと向かったのかもしれない。

「俺も料理くらい覚えておくか…」






fin


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