short story-S.D.KYO-

□酔いの宵
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縁側で風に当たる漢は上機嫌だ。

手元には異国の酒。並々と注がれたお猪口を口に運ぶ度、たまにはこんな味も悪くないなと考える。




ー酔いの宵ー




それは昼間の出来事。

久方ぶりに帰った我が家。
迎えるゆやの顔はほころび、耳慣れた"おかえり"に癒される。

しかし次の瞬間、狂はゆや以外の何者かの気配を感じ取った。
案の定、家の敷居の奥から

「狂さ〜ん♪やーっと会えたね」

と聞こえる懐かしい声。
顔を見なくともすぐにわかる。女々しいようで否、力強さを兼ね備えたその声の主。

「幸村…」

「もう狂さんったら遅いよ〜。ボク待ちくたびれちゃった」

無論、会う約束など元からしていない。
しかし3年ぶりの再会であり、わざわざ足を運んでくれた彼だ。追い返す気になどなれるはずもない。

こっちこっちとまるで家主のように自分を手招きする幸村に狂は苦笑いを浮かべつつも
着ていた羽織をゆやに託し、その後ろ姿に付いて行く。

茶屋ではなく、居室のちゃぶ台で飲み食いしていたらしい幸村。
ゆやの手製の他に、持参したのであろう肴や酒も並んでいる。

「人んちで派手にやりやがって」

「人んち……ね♪」

「…んだよ」

「ふふ。いや、狂さんの家だよね、間違いない」

「…」

自分をからかう幸村はいささか気に入らないが、酒や料理を目の前にした瞬間、早く腰を下ろしたくなっている自分に自嘲した。

『幸村さんが色々お土産持ってきてくれたのよ』

「てめぇが呑みたいが為だろ」

『狂!』

「あはは、いいんだよゆやさん。半分当たりだし〜」

言いながら3人分の酒を注いだ幸村は狂とゆやにそれぞれ渡し"乾杯"とおどけて笑った。

「はぁ〜二人とこうして呑めるなんて嬉しいなぁ」

『幸村さん…』

「…」

「必ず…また会えるって信じてたよ狂さん」



狂は知っていた。
自分がゆやの元へ戻るまでの3年もの時間。幸村がゆやを気遣い何度もここへ出向いていたことを。

ゆやの話し相手になるだけでなく、どれだけ励まし、力になってくれていたのかを。





ゆやが席を外し、幸村と狂が二人きりになった時。
先に口を開いたのは意外にも狂の方だった。

「…鞍馬とは随分距離があるんじゃねぇか?」

「ん?」

「ここへ来る度、チンクシャには"鞍馬に行く道中"と言ってたらしいじゃねぇか」

「ん〜そうだっけなぁ。まぁ、いいじゃない」

にこりと笑いまた酒を注ぐ幸村。
それを見ながら狂は思った。

今まで村正や京四郎、四聖天といった面々とは言葉を交わさずとも意思を伝える事が出来ていたつもりだ。

しかし今回ばかりは違う気がした。
自分の為…ではなく、ゆやの為に動いてくれていた幸村に対して、自分の口から何か伝えなければいけない気がしたのだ。

急に黙り込んだ狂を不思議に思い、幸村が顔を覗き込む。

「狂さん?」

「…その…」

「な〜に?」

「…あれだ、」

「あれ?」

クスクスと笑う幸村はきっと自分の言わんとする事に勘づいているのだろう。
しかしここで突っ掛かってはいけない、と意を決し再度幸村を見る。

「…うちのが…世話んなった…」

言うと同時に顔が火照るのがわかった。
幸村が笑ったのも。
だけどたまにはこういうのも悪くない。
誰かの為に自分が。
自分の為に誰かが。
あの頃知ったかけがえのない想いが今も確かに根付いているのだ。

「ふふ、狂さんにそんな事言ってもらえるなんて」

「…最初で最後だ」

「でもね、今一番嬉しいのはボクじゃなくて彼女かもね」

「あ?」

狂が振り返るとそこには狂以上に顔を赤くしたゆやが立っていた。

「!」

「ゆやさんが戻ってきたことに気付かないなんて…珍しいこともあるんだね」

クスクスと笑いながら相変わらず酒を口に運ぶ幸村。
今の二人の姿が彼にとっての一番の肴になったのであろう。

『狂…』

「…」

バツが悪そうな表情の狂。だけど後悔してるようには見えない。

「ホントに…良かったねゆやさん」

『はいっ』

「…フン」






そしてその夜。幸村の土産である異国の酒を呑みながら、昼間の自分の言動を思い返している漢。
ゆやに聞かれるという計算外はあったものの、何だか清々しかったのである。

「まぁ…悪くねぇよな」

こんな日があってもいいのだ。
初めての感覚と初めて飲む異国の味に、珍しく酔いが回るのを覚えた。



Fin



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