DESTINYー絆の紡ぐ物語ー
□第5章 魔の世界に生きる者
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エヴァと別れてから、二日ほどが経った。
一昨日は野宿を、昨日は旅人向けに平原の途中に建てられた宿に泊まり、広大な平原を歩いてきていた。
そして今日、ようやく広大な平原を抜ける頃にはもう太陽が沈む準備を始めていた。
思いの外平原を抜けるのに時間がかかり、今日はこのまま野宿になるだろうかとマルスは思いながら二人と並んで歩みを進める。
「今日は野宿になる?」
僅かな期待を込めて、マルスはアイクにそう尋ねた。
野宿はあまり時間や宿の利用客などの他者を気にしなくて良いため、宿に泊まるよりも気が楽でマルスは嫌いではない。
だが、翌朝必ずと言って良いほど体のどこかが痛くなるのにはなかなか慣れず、その事を思うと柔らかい布団で寝られる宿が恋しかった。
「さっき地図で確認したが、近くに街があるらしい。陽が落ちるまでには着けると思うぞ」
「じゃあ、今日もベッドで寝れるんだ!」
アイクの返答にマルスは嬉しげな表情を浮かべた。
何となく、アイクは旅をしている以上野宿には慣れた方が良いと思っているのだが、やはり彼も宿で柔らかいベッドに寝られる事は素直に嬉しかった。
「お夕飯、何かな……?」
食べる事に目がないパルは宿に泊まれる事以上に、宿での食事を楽しみにしていた。
彼女の呟きにマルスはあれこれと食べたいものを挙げ、アイクはそんな彼に栄養の偏りを指摘する。
三人は夕食の話題に花を咲かせながら、沈み始めた太陽が照らす道を街の方へと歩くのだった。
* * *
太陽が燃えるような橙色の光で地上を照らし、空は夜の色に染まり始めた頃に三人は街に辿り着いた。
街の入り口に立てられている大きな看板には「ブリックの街」と書かれている。
ブリックの街は煉瓦造りの立派で、どこかぬくもりも感じさせる建物が並ぶ大きな街だ。
大きな街なだけあって、商店街の方は住民だけでなく旅人や行商人など様々な人で賑わっている。
足を踏み入れてすぐ、街の掲示板であろう木の板に「盗賊注意!」と書かれた大きな紙が貼ってあるのが視界に入った。
紙も文字の大きさも存在感があり、自然と三人の足は掲示板の方へと向く。
「街の内外で盗賊による被害が発生しています。戸締まり等の警戒を徹底し、出歩く際も気を付けるように。盗賊は三人組と見られ、全員灰色の髪と赤い瞳をしているとの事。情報提供は警備隊詰所まで」
アイクが貼り紙に書かれている文を読み上げる。
「盗賊かぁ……。オレ達も気を付けないとだね」
アイクが読み上げた貼り紙の文を見ながら、マルスはそう呟く。
大きく、様々な所から商人や旅人が訪れるこの街は盗賊にとって格好の盗みの場なのだろう。
旅費や旅に必要な物を盗まれては困るため、三人は注意しながら今晩の宿屋を探して街を歩き始めた。
ブリックの街は外部から訪れる者が多いためにあちこちで宿屋が軒を連ねており、たった一泊の宿を選ぶのにも一苦労だ。
どの宿屋の外でも従業員が明るい声で呼び込みをしており、三人も幾度となく声を掛けられた。
三人は財布と相談して宿屋を品定めしながら、街の中を進んで行く。
雪国での思わぬ出費もあったため、なるべく宿代を抑えたいところだった。
「うーん、さっきの三軒並んでたとこの真ん中の宿屋か、本屋の前の宿屋が一番良さげかなぁ」
行く先にある宿屋の看板に書かれた一泊の料金や、従業員の声掛けを聞きながらマルスは呟く。
「大体この先の宿も似たような料金だな。料金と質の良さを考えると、本屋の向かいの宿が良いと思う」
アイクの考えにパルもこくこくと頷いて賛同を示す。
きちんと物事を考えて答えを出す彼がそう言うのなら間違いは無いと思ったマルスも「そうしよう」と言って、来た道を戻ろうと振り返りかけた。
だが、頭が後ろを向く寸前に、自分達の先を歩いていた女性が何かを落としたのが偶然マルスの目に入った。
咄嗟にマルスは振り返りかけていた体を戻し、行き交う人の間を潜り抜けて女性が何かを落とした場所まで駆け寄る。
急に彼が走り出したので、アイクとパルは慌ててその後を追った。
マルスは先程女性が何かを落とした所まで来ると地面を見下ろす。
運良く通行人に蹴られず、落ちた時の場所にその落とし物は転がっていた。
すぐにマルスはそれを拾い上げる。
彼が拾ったのは、ぬくもりを感じさせる不透明な緑色の宝石のブローチだった。
特別高価なものには見えないが、落とした女性にとっては大切な物かもしれない。
そう思ったマルスは、すぐさまこのブローチを落とした女性を探す。
先程の一瞬だけ視界に映った落とし主は、茶色の落ち着いた雰囲気のドレスを着た良い身なりの女性だった。
マルスは茶色のドレスを着た女性を探して、駆け足で先へ進んで行く。
「おいマルス、どこに行くんだ…っ……」
追いついてきたアイクが呼びかけるが、その声は彼に届く事無く消えていく。
またしてもどこかへ駆け出した彼をアイクとパルは駆け足で追いかけた。