「昔の話をしようか」*兄神*

□第一話
1ページ/1ページ

 「ったく、何で俺が・・・」

 阿伏兎は大量の始末書を手に、ブツブツ文句を言いながら廊下を歩いていた。生憎今は夜中の一時なので、ほとんどの団員は床についているはずだ。阿伏兎の声が虚しく辺りに響く。事の発端はほんの数分前だった。

 「ああ、そうだ阿伏兎」

 最近テレビゲームにはまったらしい自分の上司である神威は、手にコントローラを持ち画面を見ながら阿伏兎に話しかけた。

 「何だよ」

 阿伏兎は呆れながら返事をする。

 「そんな言い方はないんじゃないかな」

 殺気のこもった声に恐ろしさを覚える。「すまん」と一言謝罪をし、どうにか機嫌を取ろうとする。

 「まぁそれは置いておこうか。俺が言いたいのは、俺の部屋に始末書があるからそれを阿伏兎の部屋まで運んでやっておいて」
 「・・・またかよ」

 ボソッと無意識に呟いただけなのだが、どうやら神威の耳に届いてしまったらしく「何か文句あんの?」と再び殺気のこもった返事をした。

 「へいへい。やればいいんでしょう、やれば」

 最後の三文字を強く強調させ、いつまでもコントローラを握りっぱなしの神威に対しての呆れ半分、怒りとともにため息となって現れる。

 「ため息つくと幸せ逃げちゃうよ」
 「誰のせいだと思ってんだよスットコドッコイ!」
 「阿伏兎でしょ」
 「・・・・・・」

 阿伏兎はまた一つ大きなため息をつくと、今いる提督室を出て行った。扉の向こうでアホな上司の必死に戦う声が聞こえてくる。そこからそそくさと神威の部屋に行き、始末書を手に今に至る。

 「ああ、休日が欲しい・・・」

 阿伏兎は吉原で亡くしたかつての仲間を思い浮かべる。そうしてぼけーっと歩き、気付いた時にはもう自分の部屋の中にいた。始末書を机の上に置こうとした時、一枚の紙が束の中から床に落ちた。

 「おっと」

 机の上に一回置いてからその紙を拾い上げる。

 「何だこれ」

 白紙だった面を裏返すと、色鮮やかな面が現れた。そこには見知った人物が二人、手を繋いで描かれていた。

 ――何故これを提督が?

 阿伏兎の脳内に疑問が過った。
 すると後ろから突然声が聞こえた。

 「あり、遅かったか」

 それはこの絵に描かれてる“一人”。阿伏兎の上司である、神威。彼は春雨の雷槍と恐れられ、春雨第七師団団長、さらには春雨の提督であった。いつもとは比べ物にならないぐらいの殺気で背筋がゾッとし、身体の震えも小刻みに現れた。それを止めるように義手でもう片方の腕を抑えた。

 「わ、悪い。別に悪気はなかったんだ」

 必死に説得しようとする阿伏兎を神威はしばらく睨みつけた。が、息を一つ吐くと神威は阿伏兎に向き直って言った。

 「もういいよ」

 今度は阿伏兎が安堵のため息をついた。

 「・・・なぁ、提督。一つ聞いてもいいか?」
 「この絵のことでしょ」
 「あぁ」
 「何故俺が“こんな絵”を持っているのか。見たら誰だって思うよ。俺が阿伏兎だったら絶対そう思うし。だって俺がこの間殺しかけた“妹の神楽”と俺が描いてあるんだから」
 「・・・提督」

 阿伏兎は思った。この人とは長い間の付き合いだが、こんな表情は今まで見たことがなかった。悲しく、哀しく、優しく、温かい。何とも言えない表情。

 「阿伏兎」

 神威はそう言ってベッドに足を組んで座った。

 「――昔の話をしようか」
 
 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ