少女幻想

□少女幻想――act3
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――act3


「くぅ〜にきぃだく〜ん」

社にて、国木田が事務処理を行っていると、猫なで声で名を呼び掛ける太宰が、ぬるりとにやけた面をディスプレイとの間に割り込ませてきた。

「……何だ?」

視界の邪魔になるクセ毛頭を片手で押し退けながら、構わず仕事を続ける。

「聞いたよぉ?結局、与謝野先生には紫苑さんを預けないで、今も彼女と一緒に住んでるんだって?あんな美人さんと同棲生活だなんて国木田君も隅に置けないねっ!」

と、ぐっと親指を立てながらの、にやりんぐ。
太宰のあからさまな冷やかしに、国木田は決まり悪く押し黙る。

あの日、怯える紫苑を独りには出来ず、与謝野に身柄を引き渡すことなく自分の家へ彼女を引き入れてしまった。

絆されたとはいえ少しばかり軽率な行動であったと、今は反省している。
が、それも一夜の事で今度こそ、翌朝には紫苑を与謝野の許へと連れていくつもりであったのだ。
ところが、

『国木田君さぁ…一度、"手"を付けた事なら最後まで責任を持つのが筋ってものなんじゃないの?』

あの娘は貴方が守んなさい。
そう、与謝野に素気無く突き返されてしまったのだ。
心なしかこちらに向ける彼女の視線が痛く感じられた。
もしかしなくても、自分と紫苑が情を交わしたのだと与謝野に勘違いされたのかも知れない。

それは大いに誤解で自分は洗練潔白なのだが、何の名分もなく一夜を共に過ごした事は紛れもない事実であり、それをぐずぐずと弁解したところでフェミニストの彼女は決して納得はしないだろう。

立場が益々悪くなるだけなので、仕方なく国木田は口を噤み、今に至る訳である。

「えっ!?国木田さん、紫苑さんと同棲してるんですかぁ!?」

斜(はす)向かいの敦が忽ち色めき立つ。

「……違う、同棲ではない。部屋を間貸ししているだけだ」

大体、何故そんなにも驚く?
敦(コイツ)とて同様に鏡花と同棲紛いの生活を送り始めたではないか。
それなのにだ。その生温い視線は一体何だ?
自分は疚しい事など何一つしていないというのに……

「敦君と違って国木田君だと妙に生々しさが出ちゃうからねぇ……」

こちらの思考を読んだのか、太宰がしかつめらしく、ぼそりと独りごちた。

生々しいとは何だ、生々しいとは。
自戒心は正常だ。箍を外すような真似はしていない。
盛りのついた犬のように言うのは止めて欲しいものだ。
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