少女幻想

□少女幻想――prologue
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憂える一人の少年が、黄昏時の緋を映す車窓を眺め見ながら、車中に重々しいため息を吐き出す。
その息の主、中島敦は只今、滅私奉公の真っ最中であった。

事は、先日のポートマフィアによる人虎誘拐事件に端を発する訳なのだが、人虎こと中島敦――そう自分が、不甲斐ない事にマフィアに囚われてしまった事により、日頃よりお世話になっている武装探偵社の業務を著しく滞らせてしまったが為である。

社長である福沢の命により、全ての業務は一時凍結。
行方知れずとなった自分を、彼らは持ち得る力を使い探しだしてくれた。

穀潰しと罵られ、行く宛もなく、身寄りもない自分を、武装探偵社(この場所)は受け入れてくれた。

自分という存在に、生きる意義を見出ださせてくれた事には感謝しきれないし、返せぬ程の恩義も感じている。
けれども、やっぱり――、

「……ぼかぁ、荒事(この仕事)は向いてないと思いますぅ」

はぁ…と、魂が口から漏れだしているのではないかと思える程の、辛気臭い息を吐きながら、敦はゆるゆると頭(かぶり)を振った。

腑抜けた台詞を吐くこちらを見遣り、運転席の眼鏡こと国木田独歩は、ビキリとこめかみに青筋を立てる。

「……小僧、貴様、今の己の立場を理解しとらんようだな?」

眼鏡の奥の険しい瞳が惰弱と自分を詰っていた。
射竦める、その眼差しに敦は座り悪く身を竦ませる。

「り、理解してない訳じゃないですけど…僕は乱歩さんや谷崎さん…ましてや、賢治くんのようには器用に仕事こなせませんよぉ」

先日の賢治との一件でそれはよく分かった。あんな無茶苦茶な探り、自分には土台無理である。

「賢治(あれ)を器用と呼ぶな、馬鹿者が。賢治のやり方は一種異様だ。真似しようとて出来るようなものではない」

然りとて、乱歩の洞察力も然り、谷崎の諜報技術とて自分には会得は無理のように思えるのだが。
敦は今日何度目かになるため息を大きく吐く。

「その辛気臭い面は止めろ、鬱陶しい。まったく、ため息を吐きたいのは、お前の教育係り(お守り)をせねばならん俺の方だ。大体、この繁忙はお前の引き起こした不始末からだぞ、敦。自分の尻くら自分で拭け」

探偵社は慈善事業じゃないんだからなと、最低限の責任は取るべきだと国木田は一蹴した。
痛いところを突かれ、敦は益々、塩垂れる。

その様子を見るなり、今度はハンドルを切る国木田の口からため息が漏れた。

「……そう心配せずとも、今回は"売人"を押さえるだけの危険度の低い案件だ。如何な盆暗なお前でも対処は出来る筈だぞ?」
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