少女幻想
□少女幻想――act1
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『……__子』
至極、愛おしむ声。酷く厭わしい声。
その名を呼ばれる度に、胸が苦しくなる。気が狂いそうになる。
『彼』は決して自分に危害を加えない。寧ろ、壊れ物のように大事に、大切に扱ってくれた。
それが何よりも怖かった。
根拠もなく、理由もないただ盲目的に注がれるだけの愛情が何より恐ろしい。
決してこちらを顧みる事のない、ただ与えるだけに耽溺する『彼』の愛は、もはや苦痛としか言いようがなかった。
真綿でじわじわと首を締め付ける狂愛(彼)から、直ぐにでも逃れたかった。
その愛に取り殺される前に…
自分が自分でなくなるその前に…
機会は突然、訪れた。
それまで、鳥籠(この部屋)から出る事のなかった『彼』が、何者かからの呼び出しに渋々応じ、外出したのだ。
今しかない。
逃げるのならば今だ。
けれど、自由の為に踏み出した脚が、次の一歩を踏み込めないでいる。
僅かな逡巡。不可思議な未練。
何故、これ程までに後ろ髪引かれるのか、彼女自身にも分からなかった。
――駄目だ。
流されては駄目だ。絆されては駄目だ。
ここで何もせねば、自分はきっとこのまま『溺死』する。
ぞんざいに、ソファに引っ掛けられたままのコートを手に取ると、彼女は鳥籠から抜け出した。
小鳥は夜の街へと躍り出る。
その翼が折れている事にも気付きもしないで…
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