シンフォニア
□森の中
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重く、湿った空気に陽の光が差し込まない薄暗い森。そこは太陽の恩恵を拒んだような場所だった。
『魔の森ガオラキア』
足を踏み入れた者の方向感覚を奪い、時間の流れさえ虚ろになってしまうこの森は、地元住民さえ滅多に近寄らない。
不用意に森に足を踏み入れれば、命を失いかねない事を皆知っているからだ。
「うわ……不気味な所だな」
「すご〜い! 暗いねぇ〜」
口元をひきつらせるロイドさんと、反対に明るく笑うコレットさん。
その場にそぐわぬ声に、周囲は思わず脱力してしまう。
「コレットちゃん緊張感ねーなぁ……」
「えへへ。ごめんね」
身体の力を抜くように、大きく肩を落としたゼロスさんにコレットさんは笑った。
「でも、昔はこのガオラキアの森も普通の森だったんだぜ」
「ふーん、そうなの」
ゼロスさんの言葉に、ジーニアスくんが相槌を打つ。あしいらいとも思える彼の反応に、ゼロスさんは口の端を上げた。なにか企んでいるもようだ。
「ところがな、ある日盗賊が盗んだ財宝を森の奥に隠したんだ」
「財宝って、どんな財宝なんだ?」
「時価数十億ガルドって宝石ですよ」
と、ここでミトスくんが話に割りいった。ゼロスさんが「おい」とつっこむのも気にせず、彼はにこにこと微笑んでいる。
「宝石を狙ってくる人たちは多くいました。そこで、守人は考え、そんな方たちを片っ端から殺していったんです」
それまで明るかったロイドさんの顔が、一気に暗くなる。それはジーニアスくんも同じらしく、顔を引きつらせていた。
「うわっ残酷……」
顔を歪めるジーニアスくんに、ミトスくんは目を細める。
「そしていつしか森は血で汚れて、殺された人々の怨念が巣くう呪われた場所になった。……有名なお伽噺ですよ」
「な、なんだ、お伽噺か! もー! 驚かさないでよね!」
「ふふっ、ごめん。二人があまりにも面白い反応をするから、楽しくなっちゃって……」
と、ここでふとミトスくんの声が途切れた。なにかを感じ取ったらしい彼は、すぐさま顔をあげ「リレイヌ!」と私を呼んだ。その声に足を止めれば、ミトスくんは慌てたようにこちらへとやって来る。
「足音がする。複数だ。このまま進むのはまずい」
「ああ、そのことですか。確かに聞こえますが……やはり強行突破はダメでしょうかね……」
「リスクを考えなよ。リスクを。一度引き返した方が懸命。アルテスタに被害が及ぶのは、君だって嫌だろ?」
それは確かにそうである。
ふむ、と頷き、「どうした?」と不思議そうなロイドさんに足音のことを話す。当然不思議そうな顔をされたが、コレットさんの「私も聞こえる」という言葉により、皆の顔色が変化。苦虫を噛み潰したような顔で、音が聞こえる方向を睨み付ける。
「どうする? 一度引き返すか?」
「くそっ! アルテスタの家はすぐ目の前だっていうのに!」
全くもってその通りである。
ロイドさんの反応に合意を示せば、共にミトスくんから腕を引かれた。そのまま隠すように彼の背へと移動させられた私の視界、飛び込むように落下してきた青が写り込む。
囚人だった。どこかボロボロな衣装を纏った囚人。手には厚い枷を嵌められており、明らかに大罪人を思わせる出で立ちをしている。
「お前!」
「下水道で襲ってきた奴だ!」
下水道とはなんだ。そうつっこむよりも早く、青色が口を開く。
「私はお前達と戦うつもりはない。その娘と話がしたいだけだ」
囚人の青い目は、真っ直ぐプレセアさんに向けられていた。最も、彼女は彼の視線など全く気にしていない様子だが……。
「俺たちの命を狙っておきながらなにを!」
「他の者たちは知らないが、少なくとも私はお前たちの命など狙っていない。私が命じられたのは、コレットという娘の回収だ」
「私?」
囚人の言葉に、コレットさんが己を指さして瞠目する。
コレットさんの視線に頷くと、囚人はプレセアさんへと目を向けた。
「プレセア……といったか? その娘と話をさせてくれるのなら、お前達に危害はくわえぬ」
「何か、事情があるんですか?」
彼の目は、ただ殺気立ってる囚人の目でも、暗殺者の目でもない。
何処か悲しく、そして優しい目をした囚人は、コレットさんの言葉に応えることはなく、ゆっくりとプレセアさんに近づくと息を呑んだ。
「エクスフィア!? お前も被害者なのか……!」
そっと手を伸ばした囚人の手を拒むように、プレセアさんがその手を振り払う。
だが囚人も引き下がる気はないのか、微かに顔を歪めながらも再び手を伸ばした。
「プレセアが危ない!」
「何が何だかわからねぇけど、とりあえずあの男を止めよう!」
駆け出す男たちを前方、ミトスくんが動いた。「待ってください」と告げる彼は、依然私の手を掴んだまま、背後の雑木林へと目を向ける。
「足音が近づいてきています。このままここで戦えば遭遇する確率が高い。一度、どこかで休息しながら、話を伺った方がいいんじゃないでしょうか?」
「で、でも……!」
「ジーニアス。気持ちはわかる。けど、今一番優先すべきことをよく考えて」
キッパリとした物言いのミトスくんに、皆は沈黙。少しの静寂の後、彼の言葉に同意を示した。