アビス2
□街にて
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すやすやと眠る彼女は、本当に神族なのかと疑いたくなるほど、あどけない寝顔を浮かべていた。そっとその頬を撫でれば、微かに身動ぎまた寝入る姿に、相当無理をしたのだろうな、ということを察して騒がしい外を見る。
あれから一年と三ヶ月。ミトスたちは神族としての教育をこれでもかと施されていた。元々飲み込みがいい彼らはすぐに才覚を発揮させ、今では申し分ない程の成長を遂げている。唯一の懸念があるとすれば、彼らの精神がまだ子供、というところだろうか。
眼下で繰り広げられるオルラッド対遺産組の取っ組み合いに、軽く鼻から息を吐き出しその結果を予測。オルラッドが勝つなと心の中で告げると同時、3人はほぼ同時に地面へ叩きつけられた。「なんで!!??」と驚きの声が張り上げられる。
「……んんっ」
小さな声に反応して振り返れば、もぞりと動く音がした。すぐさまベッドへ寄れば、彼女がうすらと目を開けていることがわかる。
「主様」
「……いーず」
微睡むように名を呼ばれ、片手を伸ばして彼女を撫でた。くすぐったそうに目を細める姿に小さく笑い、「なにかいりますか?」と問いかける。
「……ち」
「……どうぞ」
ベッド脇に座り、両腕を広げて彼女を迎えた。するりと腕の中に入ってくる彼女を抱きしめ、その顔を肩口に押し付ければ、彼女は一拍の間の後に僕の首筋に牙をたてる。
「っ……」
痛みに軽く眉をしかめ、されど傷口から血を啜る彼女を優しく撫でた。我慢していた分、好きなだけ飲んでくれと暫く彼女を甘やかしていたら、彼女はペロリと傷口を舐め、離れていく。
「……もういいんですか?」
「うん。大丈夫。ありがとう。……お風呂入る」
「すぐに用意させます」
衣服を整え、窓の方へ。閉ざされたそれを開け放ち、取っ組み合いを眺めていたラディルを上から呼ぶ。
「主様が目覚められました。風呂の用意を」
「かしこまりました」
パタパタと駆けていくラディルを見送り、「師匠ー、主様の所行っても大丈夫ー?」と問うてくるシンクに「今はやめておきなさい」と一言。「なんでさ」と不満げな彼に、「なんでもです」とピシャリと告げて窓を閉めた。外から聞こえるブーイングを無視して、彼女の傍へ寄る。
「……楽しそうだね、みんな」
「はい。教育の方も問題なく進んでおります。ここに来た時より表情豊かであることは、間違いないでしょうね」
「そう……」
悲しげに微笑んだ彼女に、「まだ、悩んでおられるのですか?」と問う。それに彼女は、ゆるく頭を振って、否定を表した。
「もう、覚悟したよ」
「……そうですか」
「うん。……それより、レヴェイユへ報告を。新たな神族を2日後に作り上げると伝えてくれ」
「かしこまりました」
頭を下げて部屋を出る。その際、「イーズ」と名を呼ばれ、振り返った。
「……私は、残酷かな」
「……残酷なのは、この世界ですよ」
彼女はそっか、と一言。泣きそうな表情に、顔を背けて部屋を出た。