アビス

□拉致
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私がローレライ教団グランコクマ支部で溜まっていた仕事をやっている間に、イーズとフリングス大佐の指揮の元捜査は着々と進められていった。
グランコクマ内部においてはどこよりも正確な情報網を持っているマルクト軍と、個々の能力を重視する情報部の働きによって、園遊会テロの捜査は目覚ましい成果を見せていた。

「報告書持って来たよ」

「またか。今日一日で何回目だコレ?」

「六回目だね。第六小隊のメンバーが血走った目で情報処理してた」

「後でボーナス出すべきかな」

「それより腱鞘炎になった手の治療に関して保険が適応されるか気にしてたよ」

「適応させるべきなんだろうな、そこは」

「あと低血糖起こしてお菓子ばっかり摘んでるらしくて、それも経費で落ちないかって聞かれた」

「経理には話しつけておくから領収書上げとくように言っといてくれ。後何か摘めるお菓子の差し入れを」

「了解」

情報処理を主とする第六小隊はワーカーホリックが多いと聞いていたがどうやら事実だったらしいと思いつつ、ミトスとシンクから報告書を受け取る。

園遊会の参加者及び警備や雑務に当たっていた人間のリストアップ及び洗い出しは既に終えており、当日出入りしていた業者の身元確認まで終わらせているようでマルクト軍情報部の有能さに私は感心していた。

が、ウチの情報部とて負けてはいない。
先日、陛下の許可を得て情報部第二小隊が園遊会の舞台となった中庭の調査を行ったのだ。
痕跡を洗い出すことに長けている第二小隊は使用された音素爆弾を特定し、潜伏任務をメインとする第四小隊や、対人に対しての情報収集を得意とする第五小隊と連携をとり、武器の流れを遡って今回テロを起こした過激派集団の特定にまで到った。
この連携技にはフリングス大佐も目を見張っていたという。

「『コクマー』…ね。随分と杜撰だな。時期とかやり方とか頭の中身とか」

「コクマーって確か、古代イスパニア語で知識って意味だよね? 確かに、名前に反して杜撰だね」

背もたれに身体を預け、報告書の文字を追っていく。
今回園遊会テロを起こしたのは、『コクマー』という預言遵守派の中でも特に過激なテロ組織、らしい。
彼らからすれば私やピオニー陛下は大層ムカツク存在らしく、一気に二人とも潰してしまおうという目的の元今回のテロを起こしたのではないかというのがフリングス大佐の見解である。因みにイーズの見解は聞いてない。彼はなにやら悩んでいる様子でオルラッドと共に別の調査もしている。恐らくアジェラ関係だろうとは思った。

そして更に追加報告をされたのが、どうも『コクマー』の一派らしい人間がベルケントとグランコクマを往復しているらしい、ということ。
先の園遊会の件が収束して間もないにも関わらず、新たに何か企んでいるらしいのだ。
潜伏先はグランコクマにあり、証拠を固め許可が出次第近日中に潜伏先に調査に踏み入る予定らしい。

「……ミトス、シンク」

「ん?」

「何」

「私の許可はいらない。君たちの思うタイミングで、フリングス大佐と踏み込んでくれ」

「え、いいの?」

私が報告書を読む間、書類の整理をしていた2人が真剣な瞳で見返してきた。

「確かに責任者は私だ。が、こういうのは専門家に任せるのが一番。イーズにもそう伝えておいてくれ」

「解った。そういうことなら任せてよ」

「楽しみだね。剣を扱うのなんて久々かも」

ニヤリと2人が笑い、私も釣られて笑みを浮かべる。
例え潜伏先が既にもぬけの空になっていたとしても、そこを第二小隊が調査すればまた新たな情報が得られるだろう。

しかし今回の本来の目的は、マルクトとパイプを作ることだ。
その点に置いてはピオニー陛下と個人的につながりができた、という時点で達成されている。
勿論今回の合同捜査において結果を出し、連帯感を高めてお互い親密になれれば言うことはないが、はっきり言ってそこまでは期待していない。

と、そこまで考えたところで私は停止。沈黙し、「ミトス、シンク」と2人の名を静かに呼ぶ。

「イーズとオルラッドに伝言を頼みたい。『救いを求める鳥が魚を食った』と」

「は? なにそれ、どういう意味?」

「いいからはよ行け」

ピシャリと告げれば、首をかしげながらも2人は退室。一人残された部屋の中、そっと手を組み合わせ、目を閉じる。

「……お優しいですねぇ、主よ。2人をこの場から逃がすとは……それに先程の伝言……」

「うるさい。……陛下と導師は?」

「コクマーに捕獲を頼んでおります。傷つけないよう言ってあるのでご安心を。はぁー、いいですよねぇ、あれだけ盲信的であれば我が声もよく届くというもの。さ、一足早く移動してしまいましょうか。楽しい血の祭りを、共に開催致しましょう!」

そっと肩に置かれる手。病的な程に白いそれに目を向けることも無く、私は無言で立ち上がり、促されるままにポッカリと宙に浮いた闇の中へと足を踏み込む。

『もしもの時は見捨てろ。いいな?』

あの時言われたリックの言葉が、頭に響いた。
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