アビス

□皇帝
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翌日。はやめの昼食を食べて、レインと共に謁見の間を訪れていた。
背後にはアルベルトを含めた導師守護役が二人、遺産と定められてはいるものの、まだ正式なものとなっていないため身分の低いミトスとシンクが膝を着いて控えているが許可が出ていないので顔は下げたまま。イーズとオルラッドはそれぞれ私とイオンを挟むようにして背中で手を組み合わせ、大人しく佇んでいる。

対面する玉座に鎮座しているのは、非常識ことマルクト皇帝ピオニー九世陛下。
陛下の左右には将官が立っていて、無言でコチラを見下ろしていた。
それに対しレインは膝を着くことなく、陛下に対し少し頭を下げるに留める。因みに私は頭を下げない。最高神が早々人間に頭を垂れてたまるか。

「ご無沙汰しております、ピオニー陛下。イオンにございます」

「久しいな導師イオン。導師の生誕祭以来か。そしてかのセラフィーユ様も。あの時は挨拶もできずに申し訳なかった」

「それはこちらも同じこと」

薄く笑むピオニー陛下に、私も笑顔の仮面を貼り付ける。腹の中を探るような、その正体を暴いてやるぞと言いたげな複数の視線を感じるが、注意すべきは目の前の男一人で十分だ。

「随分とお若いようだが、さすがは神と呼ばれるだけはある。セラフィーユ様は類稀なる才能を持って様々な事業を展開されておられるとか。随分助かっていると王宮にも市民の声が届いている」

「周囲の手助けあってこそと自負しております」

「謙遜しなくて良い。ホスピスや託児所はグランコクマでも好評を得ている。市民から似たような施設がもう少し欲しいと嘆願書が届くほどだ。市民の笑顔が増えるのは俺にとっても喜ばしい。セラフィーユ様には感謝している。ありがとう。明日の園遊会は礼も兼ねているからな、堅苦しいのは抜きに楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます。導師ともども出席させて頂きます」

当たり障りのない言葉を返せば、ピオニー陛下の口が弧を描く。面白くない、と浮かぶ心の言葉にやはり試すか、と考えていれば、「そういえば、セラフィーユ様は世界の最高神であると小耳に挟んだ」と、彼は笑みを絶やすことなく言葉を続けた。

「その最高神が、あのような場で、世界を覆す大々的な発言をした。そしてあなたは今現在、様々な事業を展開させ、新たな改革の風をこの世界に吹かせている。宣言通り世界を覆さんとしているわけだ。何故そこまで我々人間を助けようとしてくださるのか、その理由をお伺いしても?」

「簡単なことです。哀れだと思った。それが理由です」

預言に縛られ生きる人間も。
先にあるのは滅亡なのに救われない世界も。
哀れだと思った。
愚かだと思った。
故に私は手を貸している。
彼らがきちんと歩けるようになるために……。

「そも私は世界創造主。世界を作ることが私の仕事です。作った世界が苦しみ悲鳴を上げている。なればその世界の痛みを取ってあげることも、私の仕事なのではないでしょうか」

「ふむ、なるほど。セラフィーユ様にとってはあくまで仕事の一貫であると」

「ええ」

「大変なものだな、神というのも」

鼻から息を吐き出した陛下は、そこで一度黙り、「あの時あなたが詠んだ預言。あれは本当にユリア・ジュエの残したものか?」と問うてくる。それに、「お好きに判断してください」とピシャリと告げ、さっさと口を閉じてしまった。ピオニー陛下はなにかを考えるように顎に手を当て、よそを向く。

気になるのは私が口にした預言の信憑性。
そして私が本物であることの是非。

読める思考に哀れだなぁ、と思いながら笑みを深めた。
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